リレーコラムについて

将来に惑う。

和田佳菜子

上の子が小学生になりまして。

将来なりたいもの、みたいな会話が

ちょいちょい出てくるんですよね。

「将来の夢は何ですか?」って。

まあ、その時々のブームにそった

可愛げのある答えをくれるので

成長を感じる場面ではあるんですが。

 

この子どもが思い描く「将来」って

「大人全般」ですよね。

大人はみんな一括りに大人でしたもの。

でも、今40歳手前の自分自身は、

「将来」にいるのか、

「将来」の手前にいるのか、

「将来」を過ぎてるってことは

さすがにないだろうけど…なんて

妙に青臭い惑いを感じたりもします。

 

子どもの頃に「夢」として

名指ししたことはないものの、

今の会社でコピーライターとして

働けている現状は

自分にとってはすごく幸せなことで。

それは間違いないのですが、

当然、「上には上」の才能たちが

この世界に延々とひしめいているわけで。

昔は今よりかそこに年功序列的な、

経験値がモノを言う的な、

つまり年を重ねるほど自信がつく的な

そういうイメージがあったんですが。

も~、今は年々自信をなくすような形に

世界が様変わりしてしまって。

若い才能というか若さそのものが

武器としてまぶしいんですよね。

ギブ ミー ニュー リテラシー!

そうやって、年齢さえ関係なく

「上には上」の存在を見つめるほど、

いったい、どこまで行けば

夢がかなったような気持ちになるんだろう

と、しょっちゅう考えてしまいます。

 

昨年末、うちの会社を卒業して

新たな道へ進んだ先輩・同期・後輩が

けっこうたくさんいたんですが。

そういう方々を見送るほどに

寂しさが募るのはもちろんですが、

この人は真剣に人生と向き合ったんだなと

しみじみ思わされますね。

あと、テレビ番組でも「引退」について

芸人が語り合うやつをたまたま

立て続けに見たんですよね。

定年とかがないからこそ、

そして最近の人生が

本当に長くなっているからこそ、

大人な身空で「将来」を考えることが

スタンダードになりつつあるのかな…と

そんなことを考えてしまいます。

 

つまり「将来に惑う」感覚は

40歳で「惑わず」に成るどころか、

この先も死ぬまで続くんでしょうね。。

「将来の夢は何ですか?」を

子どもといっしょになって

考え続ける必要がありそうです。

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