正楽師匠と、AIと、
中里耕平くんからバトンを受け取った、サン・アドの内藤零です。
中里くんと最後に会ったのは、
2023年度の「TCCの授賞式・年鑑発刊パーティ」の会場でした。
あ、言うまでもなく僕は受賞者ではなかったです。
ちょうど会場に着く前に、林家正楽師匠が亡くなったことを知りました。
僕は寄席が好きで、特に正楽師匠に関しては
独演会「正楽のメリークリスマス」にも行くくらい好きだったので、
とても悲しく思いながら会場に向かいました。
そんなことを知ってかしらずか、会場で久しぶりにあった中里くんから、
開口一番「あ、内藤くん!正楽師匠が亡くなったね」と言われて、
なぜか心の内を見透かされているような気がして、
恥ずかしいような嬉しいような、とても驚いた記憶があります。
今回、中里くんから久しぶりに連絡があって、そんなことを思い出しました。
林家正楽師匠は言わずと知れた、紙切り芸の頂点に立っていた人です。
飄々とした仕草で客席から出されたお題を受け止めると、
手元にある1枚の紙に、すう〜っとハサミを入れていく。
その瞬間、手元の紙は、まるで命が宿っているかのように踊り始める。
しゃきしゃきと心地のいいハサミの音が会場内に響き渡る。
その時間、わずか数分ほど。
踊り終わった一枚の紙が、正楽師匠の手元から徐に離れていく。
観客からは歓声が上がる。
作品が産み落とされるその瞬間を、僕たちは目の当たりにするのです。
説明がいらない。理屈もいらない。
それはこちらの左脳的な理解など待つことなく、
僕たちの想像力たちを遥か遠くに飛ばしてくれるのでした。
広告の仕事をしていると、どんな言葉だと伝わるのかを考えすぎて、
「過剰な説明」を足してしまう時があります。
正楽師匠の紙切りは、そういう僕たちの焦りに対して
「ただ、思い切って切ればいい。それだけだよ」と言ってくれているようでした。
彼の死から、2年半以上が経ちました。
今、僕たちコピーライターの仕事場は、
ハサミとは真逆ともいえる存在に脅かされはじめています。
勘の良い方はもうお気付きでしょう。AIです。
AIは、キャッチコピーの候補を何百本も一瞬で出力してくれる。
ボディコピーも何パターンか、良い感じで書き分けてくれたりする。
便利で、助かる。実際、僕も仕事に限らず使うことが増えてきました。
凝り固まった頭を動かすためのストレッチとして、
言い回しの分岐を増やすための道具として、
あるいは「自分がいま何を考えているのか」を言語化するための鏡として。
ただ、便利さの代償として、
こちら側の「切る力」が鈍ってしまう危険を感じます。
AIは、何かを足していく方向にはめっぽう強い。
コピー案の候補は増えていく。語尾も整う。理屈のようなものも積み重なっていく。
でも、コピーは増えていった候補の中から、正しいものを選ぶ作業というより、
自分で納得がいかなかったボツコピーたちの屍の上に、
何かを一塊だけ残す作業に近い気もしているのです。(やや偉そうですが)
AIが出してくる文章には、
だいたい「それらしい説明」がちゃんと入っている。
優しい。そして、親切。破綻も少ない。
けれど、正楽師匠の紙切りみたいにパッとひらいた瞬間に
僕たちの感情を遥か遠くへと運んでくれるような言葉たちは、
そのもっと外側に存在しているような気がするのでした。
とはいえ、「言うは易く、行うは難し」なのです。
ある日、最初からぐしゃぐしゃに丸められた紙を渡され、僕はハサミの行き場を失う。
サン・アドの内藤零でした。ではまた、明日か明後日に!
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