リレーコラムについて

道路交通法違反について

篠原直樹

スカイラインGT-Rに乗っていた。

推定馬力は、500馬力以上。
車検にまるで対応していないマフラー。
タービンは、大口径のシングルタービン。
足回りは、ガチガチに固めたシャコタン。

給料のすべてを注ぎこみ、チューニングした車だった。
それを操り、真夜中の湾岸高速や首都高速を爆走する。

私としては、世界一カッコいいクルマだと自負していたが、
羨望の眼差しで見てくれるのは、当時住んでいた錦糸町のヤンキーだけだった。

湾岸のストレートでは、290キロ以上で走った。
新幹線の“のぞみ”よりも速い。
改造してバランスをキチンととったGT-Rは、そのくらいスピードが出るのだ。
カーブでも同じだ。フルスピードでコーナリングしても安定している。

真夜中の湾岸は、追い越し車線よりも、実は一番左の走行車線が空いている。
そこを、トップスピードで駆け抜けるのが好きだった。
そのくらいのスピードだと、遥か前方に見える米粒大のクルマも
次の瞬間、目の前に迫っている。
一度、軽トラックが猛スピードで走っている私の車線にいきなり割り込んできた。
フルブレ―キングしたが、間に合わず、隣の追い越し車線も混んでいたので、
仕方なく、狭い路肩を200キロ以上のスピードで走り抜けたこともある。

大バカ野郎、と言われても仕方がない。

私のGT-Rのボンネットは飛び石でボロボロだった。
フルスピードで、ストレートやコーナーを走りつづけていると、
小さな飛び石も、銃弾のように凶器になる。
深い紫色のボディーは細かい傷穴が無数にあった。

こんなことをしていれば、いつかは大事故を起こして死ぬかもしれない。
わかってはいたが、あまりにも面白くて止められなかった。

そんな私の愛車も今はない。
案の上、真夜中に首都高速を攻めていたとき大クラッシュしてしまったのだ。
霞ヶ関入り口の合流するところで、スピーンして壁に激突した。

人が死ぬとき、自らの一生を短い間に回想するというが、あれは本当である。
私はクルマが猛スピードで回転している時、
両親や妻、友達、そして会社の上司ひとりひとりに丁寧に詫びた。

ところが、なぜか幸いに助かった。
GT-Rは4つのタイヤが根本から削がれ、ボディーはグニャグニャに歪んだ。
それでも私は、鼻と肋骨を骨折しただけで済んだ。
まったく、悪運だけは強いようだ。
シートベルトも締めていなかったのに。

検分の警官にも、“なぜ、この事故で君が生きていられるのかがわからない”、と言われた。
スクラップ同然の愛車を、明け方レッカーを頼んで、誰もいない解体屋へ運んでもらい、
翌日、事情を説明しに行ったときも、受付の人が気の毒そうにこう言った。

「…あ、ご遺族の方ですか?!」

本人ですよ、と私が答えると、腰を抜かさんばかりに驚かれた。

今思い返しても、GT-R乗っているときは本当に楽しかった。
私は、たくさんの思い出と、たくさんのローンが残った。

解体屋を後にする時、何だか寂しくて、シフトノブだけこっそり持って返った。
今でもそれは、会社の自分のデスクに飾ってある。

   *  *  *

一週間、ありがとうございました。
個人的には結構忙しくて、しかも不景気なせいか、ほぼ全ての得意先でモメていたりして
コラムを書くことを何度も挫折しそうになりましたが、
初回のコラムについて、掲示板で感想をいただいたのが嬉しくて頑張って書いてみました。
“またたくま”さん、本当にありがとうございました。

次回は、辛口クリエイティブディレクターの小霜和也さんにお願いしました。
きっと社会を、時代を、もしかしたら広告業界さえも
バッサッ、バッサッと斬ってくれることでしょう。

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