リレーコラムについて

死にたくない

佐久間英彰

(昨日のコラムバンバーが「4444」で
なんとも縁起の悪い番号だと思ったので
今日はこんなエントリーをしてみました。)

広告会社の人は寿命が短いと言われている。
中でも我が社は62歳で死ぬ人が多い
というジンクスがある。

昼夜を問わず働くがゆえの過労か
毎日飲み歩いている不摂生からか
ストレスやプレッシャーによるものか
とにかく62歳がひとつの壁だと言われている。
(※諸説あります)

せっかく人生はこれからだと言うのに
なんという悲しいジンクスだ。

実はここ最近でも
立て続けに多くの方が亡くなった。
ほんとにショックでショックで
何と言っていいのか心に大きな穴が空いた。

死ぬということは
いま生きながら感じられている喜びのすべてが
今後完全に断絶されるということ。
それは私にとっては大きな恐怖だ。

そんな得体の知れない恐怖を初めて感じたのは
かなり昔のことだ。

それは幼い頃のこと。(4歳くらいだったか)
私は夜になると毎日寝床で泣いていた。
「お母さん死なないで。お母さん死なないで」
と訳もわからないくらい泣いていた。
その度に母が抱き上げ頭を撫でてくれて
泣き疲れた私はいつの間にか眠りにつくという
そんな毎日が続いていたようだ。
(面倒くさい子だと思っていただろうなぁ)

実はその頃、身近な人が亡くなり
死んだ人とはもう二度と会えないことを知った。
もしかして母もいつか死ぬのかと思うと
4歳位の子供の脳では処理しきれなくて
ただ泣くしかなかったのかもしれない。
(父よごめん)

そんなこともあり幼心に
ちょっとしたトラウマだったんだろう。
死に対してすごく敏感になっていた。

大学時代なんかは
人体を冷凍保存する海外のサービスを
いつか受けようと本気で考えていた。
(頭部だけの保存は嫌だなと思ってたけど)

社会人になり仕事で忙殺される中
死ぬことなど忘れていたのだが
ここ最近の連続の訃報で、
以前抱いていた死への恐怖を思い出した。

一分一秒でも長生きしたい。

「ぱっと散るのがいいんだよ。」
と格好よく言う人がいるが
それでも私は生きたい。

「年取ったらもう長生きはいいよ。」
と高齢の方は言うかもしれないが
それでも私は生きたい。

「太く短くが良い」と言うが
私は細く長く生きたい。

ただ生きればいいってわけじゃないだろうが
長く生きるというそれだけでも意味があると思う。

だから一分一秒でも長く生きたい。

たとえサイボーグになってでも
記憶と思考がクラウドにアップされてでもいい。
そのぐらい死にものぐるいで生きたい。

と、ここまで大きなことを言いながらも
まずは小さなことからコツコツと。
どんなに忙しくても睡眠をしっかりとるようにした。
リストバンド型のスリープトラッカーを買い
入眠と起床時間をジブン手帳で管理するようになった。

また食事も妻が栄養バランスを考えてくれるので
野菜の摂取量も大幅に増えている。
肉だけで生きていたあの頃からしたら
信じられないくらい健康的な食生活になった。

働き方改革どころか、生き方改革だ。

あれほどまでに自堕落だった私が
なぜここまで変わったのか。

それは来月子供が生まれるからだ。
だから私は長生きしなければならない。

妻にとっても私の寿命は重要な関心事らしく
先日こんなLINEがきた。

「さっさんとあと60年くらいしか
 一緒におられへんと思ったら
 泣きそうになってきた。」と。

「60年」って。。。
103まで生きろってことか。

よし、受けて立とうじゃないか。

愛する妻と子供のために
一分一秒でも長く生きてやる。

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