リレーコラムについて

事件は、NYの路上で。(後編)

山﨑博司

イエローキャブに乗り込んだ僕は、
「hospital !hospital !」と指示。
そして、その周辺で、一番大きな病院へ。

英語でなんて言ったかは忘れましたが、
「釣りはいらない。」
いつかこんな台詞言えるようになる日がくるといいな、
と思ってはいましたが、
まさかこんな状況で使うことになるとは。
というより、おつりを受け取っている暇さえないほど、
焦っていたのです。

タクシーを降り、入り口に向かいました。
ただ、最悪なことは続くものです。

その日は、なんと日曜日。
正面入り口は閉まっていたのです。
掃除のおじさんに、身振り手振りで聞くも、
緊急外来の入り口を見つけるのに、またひと苦労。

そして、ようやくたどり着いた病院の待合室は、
人で溢れかえっていたのです。

僕は、恰幅のいい黒人看護婦さんに呼ばれました。

まずは看護婦さんが診察するみたいです。
そんなシステムも分からないし、
紙に書かれた医療英語なんて分かりません。
目は痛いし、英語が話せない僕は、涙きそうになりながら、
「I’m sorry…、I don’t understand.」
を連呼するばかり。
そんな僕を見かねてか、
「何を謝っているの。安心して。」
看護婦さんは、そんなことを言ってくれました。

待合室に戻ると、やはり人でいっぱいです。
僕の隣の席では、指を切った料理人が体を振るわせながら、
フーフーと息をしていました。
不安しかありませんでした。

そして、ようやく僕の名が呼ばれ、診察室に。
でも、そこには、誰もいません…。

5分後。
若い白人医師が入ってきました。
「YO! Brother!俺が来たから安心だぜ。Dふぁfじゃkふぁ…」
ノリノリな彼は、そんなことを言ってた気がします。
正直、Brotherとか言うんだ、ぐらいしか覚えていません。

そして、ついに、治療がはじまったのです!

まずは、ライトを目にあて、瞳孔を確認。
次は、目をパチパチするように、言われました。

「OK! finish!」

「…え?」

「finish!」

まさかの診察終了です。
精密検査とか、顕微鏡みたいなもので検査するんじゃないの…?
そんなことを思っている内に、僕は、違う部屋に通されました。
すると、そこには、一本の電話機が。

休暇中の日本人スタッフと電話をつないでもらい、
診察内容の説明をうけました。
簡単にいうと、見たところ大丈夫だから、
処方された目薬と痛み止めを、薬局で受け取ってほしいとのこと。
日本人と話せたおかげか、僕は少し安心しました。

「Good trip!Brother!」
陽気な彼は、僕たちを夜のNYに送り出してくれました。

その日は、受け取った目薬と薬を飲み、早めに就寝。
翌日、
目をさますと、なんと、目が良くなっている!
……わけもなく、むしろひどくなっています。
でも、言われた通り、目薬と痛み止めを飲んで過ごしました。

眼帯をつけたまま旅行を続けたものの、
不安だったので、
成田についた僕は、その足で眼科へ。

そして、衝撃の一言を聞くのです。

「ああ、こりゃ、破れてるよ、角膜。縫う一歩手前だね。」
「ぬ、縫う?」
驚いた僕は、NYでもらった目薬を見せました。
「こりゃ、ただの目薬だから意味ないよ。」

Brother……。

角膜は自己修復するらしく、
日本でもらった薬で無事なおりました。

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