リレーコラムについて

年賀状は恥ずかしい

井田万樹子

年賀状というのは、本人は気づいていないつもりでも、
どこからともなく自慢が感じられてしまうものなのである。

「家族でハワイに行ってきた、という自慢」
「奥さんが美人、という自慢」
「子づくりが得意です、という自慢」
「株式会社◯◯勤務、という自慢」
「娘が有名幼稚園に入園した、という自慢」
「68歳ですがまだ現役で働いています、という自慢」
「退職後に新しい才能を開花させています、という自慢」
「年賀状を出すのが遅くなってしまうくらい忙しいんですという自慢」
「離婚しました、という自慢」
「達筆です、という自慢」
「独身です、という自慢」
「ひどい一年でした、という自慢」
 …

もちろん、我が家にいただく年賀状に関しては、
私も夫も、人をナナメから見たり、けなしたりということを
生まれてから一度もしたことがない人間なので、
そんなふうに思ったことは1ミリもないのだが。

我が家では、いただいた年賀状を一枚一枚、正座して読んでいる。

「あなた、この年賀状みて」
「うむ」
「山下さん、家を新築したらしいわ」
「立派な家じゃのぉ」
「さりげなく写っている車、高級外車よ」
「格好いいのぉ」
「山下さんの奥さん、元モデルらしいわよ」
「美人じゃのぉ」
「息子さん、有名中学の制服をさりげなく着ているわ」
「すばらしいのぉ」
「山下さん、シャツの襟をたてているわ」
「さりげないのぉ」
「素敵な家族ねぇ」
「素敵な年賀状じゃのぉ」
ここらへんでなぜか、餅を詰まらせたように窒息死しそうになるのだが、
我が家の正月はこんなふうに、静かに過ごしているのである。

新年の挨拶はできる限り謙虚でありたいと思う。
私も夫も、極度の恥ずかしがりなのだ。
おかげで、年賀状作りには毎年苦労している。
我が家の年賀状が、もしも自慢しているように思われたら…?
そんなこと、一瞬でも思われたとしたら、
私は恥ずかしさのあまり、全裸で外に走り出してしまうに違いない。

今年は特に危険だった。
家を建ててしまったのである。
「家を建てました」

…この言葉にどんな画像を当てはめようとも、自慢にしかならない。

いろんな画像を作っては、夫に提案した。
「まだ自慢になってる」
「謙虚さが足りない」
「意味がわからない」
ことごとく却下された。
「そのネタは子どもが生まれたときに1回やった」
「ギャグが中途半端」
「パンチが足りない」
途中から、主旨がわからなくなってきたので、放っておいた。

数日後。
なぜか、「原住民の部族の家の前に立つ全裸の家族」に、
夫と私と娘の顔が合成されている年賀状ができあがっていた。

「これ…なに?」
「年賀状」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「これぐらいじゃないと、自慢になってしまうやん」
「そ…そうかな」
たしかに自慢にはなっていない。
だが…

下品だった。

私は、かろうじて民族衣装を着ていたが、夫は完全に全裸だった。
娘は私に抱きかかえられていたが、泥で汚れた裸の赤ん坊だった(7歳なのに)。
私はこの年賀状が、私の親戚や友達に届いたときのことを想像した。

急いで、自分用の年賀状を作り直した。
娘のかわいい写真に「引越しました」のコピーをつけた。
もちろん、背景にさりげなく新築の家がうつっている。

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