リレーコラムについて

真夏の奇妙な、温かい話

武藤雄一

夏なので、夏らしいお話をします。

3年くらい前、
僕の友だちのカメラマンが事務所に遊びにきたとき、
「はい、プレゼント」と言って、
数枚の写真と簡易な写真たてをテーブルの上にひろげました。
そのカメラマンのステキなところは、
写真だけでなく、写真たてまでちゃんとプレゼントとして
用意してくれているところなんですが、
つまり、オリジナルの写真をくれると言っているのです。

本当にステキな写真が6枚ありました。
でも、その中でなぜか、1枚の写真だけが、
どうしても僕の目にとまってしまうのです。
それは、赤いリンゴが木の台に1つのっている写真でした。
誰かの家で撮影したのでしょう。
家の蛍光灯の光で、全体的にグリーンがかっていました。
その、グリーンと赤いリンゴがなんとも言えず切ない感じがして、
他の写真を見ようとしても、ついリンゴの写真ばかり気になってしまうのです。
「これ、この写真好きです」
と、僕は言っていました。するとカメラマンがニコッと笑って、
「武藤さんさすがだね、わかってるね。俺もこれが1番好きなんです」
「えっ、ホント!」
なんか、僕もうれしくなって答えました。
「実は、この写真ね、青森でおじさんが、りんご園をやっていたんだけど、
今年亡くなって、おじさんがつくった最後のリンゴなんです。だからとっても大事な写真なんだ」
少し微笑みながら彼はつぶやきました。
暫く沈黙が流れました。

「そうですか、大切なリンゴですね」
僕は、ひとり言のようにつぶやいていました。
そのとき、僕はありがたいものをいただいた気持ちになっていたのです。
そしてその写真をすぐに、写真たてにいれて事務所の玄関に飾りました。

それから2週間くらいたって、不思議なことが起き始めたのです。
事務所に来る人、来る人が、そのリンゴの写真を見つめて、
「何、これ」と聞くのです。
「いい写真だね」ではなく、「何、これ」と。
僕は「最近の好きな写真なんだ」としか言いませんでした。

そして、それからさらに1週間が過ぎた日のことです。

大学生のバイトの男の子が事務所にやってきました。
ペンはここ、コピー用紙はここ、新聞紙はここ…と、
事務所のことをひととおり説明して、
「何か質問はある?」と聞くと、
彼は真剣な目をして、僕の顔を見つめました。
「すみません。武藤さん、まだお会いして間もないのに、
こんなこと言うの変ですが、変だと思わないで聞いてください」
「お、思わないよ。な、何?」
彼の妙に落ち着いた静かな声になぜか緊張して、どもってしまいました。
「僕、実は、霊感があるんです」
「そ、そうなの」
「はい」
「で、なんですか?」
「それで、伺いたいんですけど。あのリンゴの写真、どうやってここに来たんですか」
えっっっっっっっっっ!なんなだよ!!!!!!
お前の霊感、モノホンだぁぁぁ!
僕は、ちょっとしたパニック状態になりました。
どうやってここに来たんですか。
ですよ。このセリフの説得力たるや。
まるで、写真に意思があってそれをすべてわかっているような物言い。
やられちゃうでしょ。
このコラムを読んでいる人はやられないかもしれないけど、
僕は、やられました!
そして僕はしどろもどろになりながら、写真のいきさつをすべて説明しました。

彼は、両手を合わせ自分の鼻の上に置きながら静かに話を聞いていました。
「ここに置いていない方がいいと思います」
「どうすればいいの。お寺に持っていくの」
「お寺より、お返しした方がいいでしょう。この人は悪い人じゃありませんから」
「誰に?」
「写真をくれた方です。つまりカメラマンさんです」

僕は、すぐにカメラマンに連絡をして、電話で言うのも失礼だと思い、
できる限り早く会いたいという旨だけを伝えると、
彼は快諾し、2週間後に会おうということになりました。

その間、写真はどうしたかというと、
事務所で一番見晴らしのいいところに置いて、
毎朝、新しいお水をお供えしていました。

待ちに待った2週間後。
写真を風呂敷に包み、カメラマンに会いに行ったのです。
「どうしたの武藤さん、その風呂敷」
彼は僕の風呂敷を見ていきなり質問してきました。
僕は、今までのことをすべて話しました。
あまり驚きもせずに、彼はこう言うのです。
「あっ、そう、おじさんがねぇ…。わかりました。写真、受け取ります」
そのあと暫くの沈黙があって、
「実は、俺もちょうど武藤さんに会おうと思ってたんですよ」
「なぜですか」
「それがさ、2週間くらい前に、そのおじさんのりんご園でつくった最後の
リンゴジュースが家に届いて、武藤さんにあげようと思ってたんですよ」

彼は真っ白い袋の中から3本のリンゴジュースを見せてくれました。

これ、恐くないですか?
僕は、やっと写真を返せたと思ったら、今度はリンゴジュースがやってきた。
つまり、写真ではなく実態が、ついにやってきたわけですよ。
そして、また、そのおじさんとつながってしまう。
フツー、冷静に考えると、すごく恐い話です。

でも、僕はそうは思わなかった。
「しばらくの間だけど、お世話になったな、ありがとう。
お礼に、リンゴジュースを飲んでくれよ」
って言われた気がしたんです。
むしろ、ちょっとうれしかったんです。本当に。

次の日、事務所でリンゴジュースをいただきました。
濃厚で、素朴で、今までのリンゴジュースの中で1番おいしいジュースでした。
そして、その後は、なにもありません。

ちょっと恐くて、そして温かい僕の思い出です。

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