リレーコラムについて

おサルさんの思い出。その2

武藤雄一

師匠の「お前はまだ、プロじゃないから」発言から始まった
僕の弟子としての暗黒時代。

さて、何がプロじゃないのか。
フツーに考えると、
コピーのことかと、思います。
が、
コピーのことだけじゃないんです。

例えば、資料の集め方。
百貨店の仕事をしていて、競合のパンフレットを集めろと言われたので、
都内にあるパンフレットを必死に集めてくると、
「競合には、専門店もある、大型スーパーだってそうかもしれない。
お前は、百貨店に行く人の気持ちになってない。俺に言われたことを
やっているだけで、それは誰でもできる単純作業だ」とか。

印刷のスケジュールが間に合いません。と言うと、
「日本中に印刷会社は何社あるんだ。
お前は、そのすべての会社に聞いてみたのか。
間に合わないっていうのは、そういうことだ。
簡単に間に合わないとか、できませんとか言わないでくれるか。
お前の経験値で語らないでくれ」とか。

クライアントさんが事務所にきて打合せをしている時、
途中でコーヒーを注ぐと、打合せが終わってから、
「あのタイミングでコーヒーを入れると、みんなの集中が
お前のコーヒーにいってしまう。たったひとつの動きで、
集中力が抜けることがある。なんで、その空気が読めないんだ」とか。

お店に食事に行って、近くにいた店員さんにオーダーしようとすると、
「彼は、今、隣のテーブルでかたづけをしているだろ、
そんな人にオーダーなんてできないだろ。思いやりがない」とか。

新聞を読んでいる時に仕事の確認をすると、
「今、俺が何をやっているかを理解できたら、声を掛けられる状態じゃないだろ」とか…。

そんな状況だから、当然コピーもほめられず、
ダメ出しの連続になっていくわけです。
その時に師匠がいつも言っていた言葉が、
「お前は全然、プロじゃない」
「コピーばかり書いていると、いいコピーが書けなくなるぞ」

今、考えると師匠の言いたかったことがよくわかるんですけど、
当時は、全くわからなかった。
自分の何がよくないのかも客観視できていない、
でも、とにかく怒られたことを直そうとする。
でも、本質的なところが直っていないから、
おなじようなミスを違う状況の中で、
とめどもなく量産していくわけです。

俺は、実はバカだったんだ。
俺は、この事務所で何の役にもたっていない。
俺がここにいる意味は、俺にはあるかもしれないけれど、
この事務所には全くない。
ミスばかりして、師匠のコピーのわずかな力にもなることなく、
ただ、給料をもらっているだけ。
なんなんだ、俺は。
気がつくとそんなことばかり考えていました。

そんなある日、事務所の経理の人から、年間契約を結んでいた
ある企業さんとの来年の契約がもうない。という話を聞いたのです。
「かなり、大きな痛手だよね。だって、○○万円だから」
お酒の席もあって、気が緩んだのか、その人はかなりリアルに
話をしてくれました。

俺の給料を思いっきり上回っている契約料が来年からなくなる…。
それを知って僕は、すごくつらくなって、
数日後、また、おサルさんのように短略的に意を決っして、
師匠に相談してしまいました。

表参道の改札を出て、
もう、今はなくなってしまった真っ直ぐに伸びる階段を歩いていた時です。
それは、二人が並んで歩いたら塞がるほど狭く、そして防空壕のように暗く、
一刻も早く地上に出たくなる階段でした。

「あの、すみません。経理の方から、契約が切れる話をうかがいました。
僕の、給料を半額にしてください」
そう僕が言うと、師匠は、突然立ち止まって、僕の方をギロッとにらみました。
ヤバい、またやってしまった。絶対に怒られる。
「お前は、何をわかってるんだ。しかもこんなところで…」
と言われる。まいった。そう思った時です。
「余計なことは、考えなくていい。お前はいいコピーを書け」と、
表情を何も変えないまま、師匠が言ったのです。
その時、ただ、体中の力が抜けていったのを覚えています。

今でも、スケジュールとか、クライアントさんの事情とか、予算とか、
いろいろなことをつい、考え過ぎてブレることがあります。

そんなときに、その言葉を思い出します。

余計なことは、考えなくていい。いいコピーを書け。

僕を支えてくれている大切な言葉です。

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