リレーコラムについて

迷走時代4

鵜久森徹

この話がフィクションかノンフィクションか、
それは読む方の判断におまかせします。
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「こいつ、人を撲殺しそうやけどよろしくな」
リクルート・フロムエーに初出社した日、
副編集長がボクを社内のスタッフに紹介しながら
決まって、こう言っていた。

挨拶がひと通り終わると、
本社のデスクを与えられた。
どことなくむず痒い。どうも落ち着かない。
これまで生きてきた社会との違いを
痛いほど肌で感じていた。

制作チーフからオリエンを受けて
試しに原稿をつくってみるように言われた。

オリエンの内容はとても単純。
時給が高いという点を読者がわかるように
表現をしてみろというものだった。

考えた。一生懸命考えた。が、
求人広告はもちろん、広告というものについて
何の知識もないボクから美しい言葉や、
うまい言い方が生まれてくるはずもなく‥。
どうやって考えていいかもわからず‥。
結局、でてきたのは、その頃のボクの
剥き出しの言葉だった。

ガタガタ言わずに、時給を見てみろ。

ボクが生まれて初めて書いたコピー。
制作チーフに見てもらっても、
褒められるわけはなく
他のメンバーからは「なんだ、これ!」と
奇異の目で見られるばかりだった。

悔しくて腹が立つ。
という感覚の奥底で、静かに興味が
湧いてくるのを感じていた。
これまでの芝居の経験が役立ちそうな予感がした。

役者は台本を読む。
台本はほぼすべて台詞で構成されている。
簡単なト書き以外、何も補足する言葉はない。
つまり台詞と台詞の行間は、演じる人が自分で
言葉を埋めていくしかないのだ。

「はい」「はい」「はい」「はい」
と並んだ同じ言葉も、行間での考え方次第で
言い方は大きく変わる。
行間を自分の言葉で埋めるという作業を
ボクは5年間も繰り返してきていた。

ジャンルは違う。でも、言葉を紡ぎ出すのは同じ。
芝居のように肉体は使わないが
これは言葉の作品づくりだと思った。

与えられたデスクに戻り、会社から渡された
求人広告の資料に目を通しながら、
ふとボクの後ろの本棚が気になった。

そこで目にしたのがコピー年鑑。
何の年鑑かもわからず、本棚から出して
ページを開いた。これまで見たこともない
広告が次々と目に飛び込んできた。
理由はわからない。でも、夢中になって
ページをめくっていたのは確かだと思う。

「10年早いわぁ」という声で顔をあげると
副編集長が笑いながら立っていた。

「コピーライターになれ。
そうじゃないと、お前、死ぬぞ」
ボクを包んでいた漆黒の闇が、
少しずつ晴れていくような気がした。

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