リレーコラムについて

28年前のこと

古居利康

 僕がサン・アドに入社したのは、1983年の7月の
ちょうどいまごろ。早いもので、まる28年たったことになります。
最初の仕事は、サントリーショッピングクラブという通信販売の会社の
商品カタログのコピーでした。ひこねのりおさんの手になる、
当時人気絶大のペンギンキャラクターを使ったTシャツやうちわ、
ステーショナリー。グラスやアイスペール、マドラーなど
ウイスキーまわりのツール。そのほか、こまごまとしたノベルティ類の
コピーを、まいにちひたすら大量生産していました。
 ときには、お酒屋さんに貼る新製品のポスターやキャンペーンの
パンフレットといった、ちいさいながらもまかせてもらえる仕事も
まわってきて、力が入りすぎて過去の名作をなぞったようなコピーも
書いてしまっていました。

 そんなある日、あるひとが僕に近づいてきて、こう言ったのです。
「あのコピー、きみが書いたの? おもしろいねぇ」
とつぜんの、一瞬の、居合い抜きみたいな、ほめ言葉。
僕はとまどって、なんにも言えないままそのひとの後ろ姿を
目で追いかけました。ただそのひとことを言うためだけに
やってきて、言い終わるや去っていった。そんな風情に見えました。
 そのひとが安藤隆さんでした。入社して何ヶ月かたっての
できごとです。そのときのコピーは、

 12年ぶりに、子年ですね。

というもので、毎年、お正月に発売されるサントリーオールドの、
いわゆる干支ボトルという、年賀用の商品のコピーでした。
12年でひとまわりする干支ですから、12年ぶりなのはあたりまえの
ことなのですが、12年に1度しかない稀少性を言おう、というのが、
このコピーの意図でした。ただ、子年に限らず、すべての干支は
12年に1度なわけで、それをわざわざ12年ぶりなどと
もったいつけて言うことは、2度と使えない禁じ手のようにも
感じていました。安藤さんの「おもしろいねぇ」は、
たぶん、そのあたりのナンセンスさかげんを指してのことだった
のではないかと想像します。

 それまで仕事はいっしょにしたことはなかったけれど、
サン・アド野球部『ほがらかクラブ』の発起人にしてセカンドの
レギュラーたる安藤さんとは、夏から秋、多摩川の河川敷や
砧公園のグラウンドでしょっちゅう会っていました。
そもそもが、はじめて『ほがらかクラブ』の試合に行ったとき、
ユニフォームの用意もまだない僕に、安藤さんはじぶんが以前
着ていた古いユニフォームをわざわざ持参し貸してくれたのでした。
けれども、会社ではほぼ接点がなかった。そんな安藤さんが、
僕のちいさな仕事に注目してくれた。僕にとって、
サン・アドという会社におけるほんとうの出発点となった
と言えるできごとでした。

 それがきっかけで、すこし自信がつきました。
仕事の幅も種類もだんだん増えていきました。ウイスキーの仕事。
カメラの仕事。時計の仕事。安藤さんと、野球ではなく仕事をする
機会ももらって、いろいろ学びました。またほめられたいな、
という邪念をどうしても捨てきれずにいましたが、
二度目にほめられたのは、7、8年後のことでした。
なにかと時間がかかるタイプではあります。
そのときのコピーは、西武百貨店の新聞広告のキャッチフレーズで、

 自転車を買った。

でした。夏のヴァカンスがテーマで、今年は自転車がブームだから、
自転車中心で、というテーマにあっけないほど忠実な、
わるく言えば何の加工もしていないコピー。それを救ってくれた
のは、あきらかに、永倉智彦さんというデザイナーの才能でした。
当時の永倉さんは、どんなコピーでもぜったいMB101で
デザインし、どんなコピーでもじぶんの世界に引きこんでしまう、
いま思えばふしぎなデザイナーでした。いまもふしぎなことに
変わりはありませんが、そのころは抜き身の刀のようでした。
 じつを言えば、このときは、書いても書いてもオーケーが出ず、
さいごはもうなにを書けばいいかわからない事態にまで
追いつめられていた。こっそり安藤さんに相談し、コピーを
見てもらってもいたのです。そのなかからぎりぎり絞りだした
コピーがこれでした。これで通りました、安藤さん!
と報告すると、「ともかくも、いいコピーに決まってよかった」。
安藤さんはそう言ったのです。はんぶんは、ねぎらいの言葉
だったように思います。

 すいません。結局、自慢話めいてきたので、もうやめます。
ともかくも、サン・アドという会社には、ほめ上手の伝統が
あって、僕もそれに後押しされて、どうにか生きてくることが
できました。いまは、だれかをほめる側にまわって、
恩返ししたいという気持ちでいつもいます。
                         (20110721)

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