リレーコラムについて

背番号10の夏

古居利康

中学で野球をやっていて、
最後の夏の大会で背番号10でした。

大会前に、背番号が配られます。四角い白い布に
黒のフエルト地で二桁の数字「10」が貼り付けられています。
家に持って帰って母に渡します。試合用のユニフォームに
縫い付けてもらわなければなりません。怒りも、悔しさも、
不甲斐なさも、すべて押し殺してわたしは黙ります。

母にはわかります。「10」の残酷な意味。

背番号10は控えの投手です。試合は背番号1のエースが
先発します。大きく勝っているか、大きく負けているか、
どちらかでないとわたしの出番はきません。必要な役割と
頭ではわかっていても、誇らしい気持ちにはなれません。

作業を終えた母が、ポンポン、と背番号10を叩いて、
さぁ、がんばってね!と言います。
父はまだ会社から帰ってきていません。

痛みと共にそんな光景が甦ったのは、
サッカーの元日本代表、北澤豪さんの記事を読んだからでした。
北澤さんと言えば、日本代表が初めてワールドカップに
出場した1998年、最後の最後にメンバーから外され、
三浦知良選手と共に帰国した人。
中学の野球部どころのレベルじゃない。敗退寸前の
アジア予選途中で急遽招集され、死ぬ思いで
ようやく勝ち取った世界大会直前の、あまりに苛烈な仕打ち。
地獄を味わった人です。

その北澤さんが、それから4年後、
日韓共催のワールドカップ予選トーナメント2戦目、
ロシア戦を観客として観に行った際、
試合終了後、あるサポーターに声をかけられたそうです。

「おめでとうございます!!」

この試合が日本代表のワールカップ初勝利でした。
北澤さんはその声を聞いてハッとしたそうです。

「あのとき、俺はもう代表には入っていなかったけど、
ずっと代表でやってきたから『おめでとう』って
言ってくれたと思うんです。選手にしてみれば、
代表に入ってプレーしていない自分が残念っていう
感覚があるんだけど、周囲の人はそうは思っていない。
メンバーに入っていなくても、代表のひとりとして
見てくれている。そう考えると、ここまでやってきて
よかったなって思った。俺はW杯には出られなかったけど、
そのひと言ですごく救われた」

そのファンがどういうつもりで
「おめでとう」と言ったのかわかりません。
しかし、この言葉をこんなふうに受け取れる北澤豪さん。
めちゃくちゃカッコいいです。人間の成熟を感じます。
自分だったらそんなにふうに思えるだろうか。
胸に手を当てて考えています。

*文中引用は、web Sportiva 2017,11,05配信
『北澤豪が「これだけは許せなかった」という岡田監督の裏切り采配』
(取材・文/佐藤俊)から抜粋させていただきました。
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jfootball/2017/11/05/___split_43/index_5.php

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