リレーコラムについて

安藤寛志

病院に着いたとき、すでに母の意識はなかった。
母は死に向かって呼吸を続けていた。
肺の中で増殖を続ける黒い細胞のために、
体に酸素を送り込んでいた。
時間は意味を失った。
最後の抵抗なのか、筋肉が細かく震え始めた。
さようならも言えない別れ。
その瞬間のことは、もう、よく覚えていない。
そして、速やかに、死の撤収が始まった。
遺体とともに、何年ぶりかで実家に戻った。
ぼくは、忙しさのせいにして、
母の病気と向き合うことから逃げていたのだ。
母が最後の日々を過ごした部屋を覗いてみた。
ドアを開けた瞬間に、
病院ではこらえていた涙があふれた。
部屋の壁には、びっしりと、
ぼくと妹が幼かった頃の写真が貼ってあった。
母は世界でいちばん美しい言葉を
ぼくに残してくれた。

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