リレーコラムについて

ベラルーシ警察にお世話になった 後編

波間知良子

(昨日の前編からの続きです)
宿が確保できたところで、Wi-Fiを探す。
当時まだSIMフリーのスマホはなく、
旅行者は主にホテルや飲食店などのWi-Fiを利用してネットに接続していた。
ただ、ベラルーシの地方の街の宿泊所には当然Wi-Fiはないし、
フリーWi-Fiがありそうなカフェなどもまったく見当たらない。
試しに宿泊拒否されたホテルに近寄ってみると、パスワードなしのWi-Fiが飛んでいた。
ロビーに入ると怪しまれそうなのでホテルの外壁にへばり付いて電波を拾い、
今夜宿泊予定だったキーウのホステルに、チェックイン日をずらしてもらえるようにメールした。

駅地下のロッカーに戻って荷物を取り出し
(ロッカーの扉が開かなくて一瞬血の気が引いたが、ボロくて動きが悪いだけだった)
宿に置いたら、もう今日はやることがないので街を散策してみる。
駅の前には市場があり、大きな円形のサーカス場があった。
周囲にはソビエト式の大きな集合住宅(フルシチョカ)が立ち並んでいる。
ところどころ中庭があって、遊具があり、生活の気配がする。
モスクワやサンクトペテルブルクといった大都会とはまた違う、
旧ソ連圏の普通の生活風景を思いがけず体験することになった。
途中でスタローヴァヤ(セルフサービス式の大衆食堂)を発見した。
並んでいる料理から好きものを選んでトレイに乗せるだけなので、
言葉がわからなくても利用できる。地元客で賑わう中で1人食事をした。
鮮やかなピンク色の、ビーツのスープなどを食べた気がする。
とにかくすごく美味しかったことはよく覚えている。

宿に戻るとベッドが3つ並ぶ同部屋に1人、
シスター(修道女)のお婆さんがやってきていた。
早々にベッドに入り、いかにも優しそうな顔でなにやら話しかけてくるので
どこから来たのかなどと聞かれているのかと思って応じたら、
水を取ってこいとか、電気を消せとかの指図だった。

翌朝、朝一で警察に行った。ちゃんと警察は開いていた。
黒髪の明るい女性警官(署長?)が対応してくれた。
特に怪しむこともなく、慣れた様子で書類を出してきた。
外国人向けの英語で書いた説明書類のようなものもあった。
どうやら私と同じうっかり不法入国者は山ほどいるらしい。ちょっとだけ安心した。
書類に記入し、パスポートの写しをとられたりした後、指紋採取があった。
10本の指すべて、順番に黒いインクをつけ、左右に転がすようにしてしっかりと指紋を取った。
こうして私の個人情報がベラルーシ警察に保管され、無事に臨時ビザが発行された。

もういちど昨日のスタローヴァヤに行って食事をして
それから何をしたのか覚えていないがとにかく時間を潰し、夜の列車でキーウへ向かった。
キーウ中央駅に着いたのはまだ暗い早朝で、駅の階段に座って待ち、
少し明るくなってきてからホステルへ向かった。
迎え入れてくれたスタッフの青年はチェックイン時間前なのに快くシャワーを浴びさせてくれて、
もう一人いた日本人の男性宿泊者と一緒にランチに行かないかと誘ってくれた。
やっと通常ルートに戻ってこれたという気がして、ホッとした。

時間は飛んで2019年。HBOドラマ「チェルノブイリ」を見ていたら、
聞き覚えのある「ゴメリ」という地名が出てきた。
そのときやっと知ったのだが、
ゴメリはウクライナのチェルノブイリ原子力発電所から北東へ130kmに位置しており、
事故当時の風向きの影響で、最も深刻な放射能汚染にさらされた地域のひとつだった。
そうと知ると、あの素朴な街の風景もまた違うものに思えてくる。

それとこの文章を書くにあたってルートを確認するため
「サンクトペテルブルク キーウ 鉄道」と検索してみたのだが、
まず真っ先に、この列車は現在運行していない、という情報が出てきた。
「ロシアによるウクライナ侵攻の影響により両国間の国境は閉鎖されており、
鉄道を含むすべての直接的な交通網が完全に遮断されています。
現実的な迂回ルートや移動手段はありません。」

ウクライナだけでなく、行けなくなってしまった国がいくつもある。
時代というものは多少の足踏みや揺り戻しはあっても、
総じてひとつの方向に進んでいくのだと信じていた。
しかし全然そうではない、そんなわけなかったのだと、
近年は思い知らされることばかりだ。

ウクライナでは厳しい徴兵が行われているみたいだし、
首都キーウへの爆撃情報もたびたび耳に入ってくる。
あのホステルの青年は今どうしているだろう、
あの街は、あの教会は、あの道は、と時々考えている。

 

 

―――

さてリレーコラム、次は川原綾子さんにバトンを渡します。
川原さんは、私が世界一周する前にいた日本デザインセンターの先輩です。
最近も某審査員の仕事でご一緒するなどしましたが、
いつもにこやかで優しく、会えると嬉しくなってしまう方です。

それと!本日9/18(金)より、汐留のアドミュージアム東京で
「対話が生まれる言葉展 –TCC賞2026 –」が開催されています。
https://www.admt.jp/exhibition/program/
トークイベントもあるようなので
(私もどこかでちょっと出ます)ぜひ足をお運びください。
誰にも何も言われていませんが宣伝しました。

では、一週間ありがとうございました!

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