リレーコラムについて

アルゼンチン警察にお世話になった

波間知良子

南米での中でもいちばん危ないのはブラジル、
なぜなら犯罪やトラブルに銃が登場するから。
と、いろんな人から聞いていたため、
ブラジル滞在中はビビりまくりの警戒生活を送っており、
次のアルゼンチンに入った瞬間その緊張から解放されて
久しぶりにのびのびとした気分を味わっていた。

首都のブエノスアイレスは「南米のパリ」と言われるだけあって、
ヨーロッパ風の美しい街並みの大都会だった。
到着したばかりのよく晴れた気持ちのいい日、
私は友人とレティーロ駅(中央駅に当たる大きな駅)
の近くのきれいに手入れされた広い公園で
ベンチに座ってiPhoneを見ていた。
ふと後ろから人が走ってくる気配を感じた、
その瞬間、運動会のリレーのバトンのように
男が私の手からさっとiPhoneを取り、
前の芝生を突っ切って、軽々と柵を飛び越え、
茂みの向こうへ消えていった。あー・・・・

「おい!」とかなんとか、ちょっと叫んだりはしたが、
それ以外にできることはもう何もなかった。
(「iPhoneをさがす」がまだない時代の話です)
犯人を自分で追跡するのは危険な行為なので、
南米でこうなったらほぼほぼ諦めるしかない。
取り乱しつつも友達に慰められながら警察に行き、
片言の英語とスペイン語で調書をとってもらい、
海外旅行保険の手続きに必要な書類を書いてもらった。

後から知ったのだがレティーロ駅のまわりは
ブエノスアイレスで一番危険な地区だった。
南米の中でも比較的裕福なアルゼンチンには
周辺各国から出稼ぎにくる人が多く、
当然犯罪行為で稼ごうとする人も集まってくる。
彼らの居住地や溜まり場がレティーロ駅周辺だった。
たぶん犯人は複数人で、公園に入ったころからずっと
目配せしあって狙われていたのではないかと思う。

iPhoneが盗まれるのはまあ世界中でよくある話で、
「スマホで通話するときは壁を背にしろ。
耳に当てているiPhoneを背後から奪われるから」
という諜報部員かよみたいな注意喚起はたびたび聞いていたが
公園のベンチでリレー形式で持って行かれるパターンだったか。

いちおう被害者になってみて実感したのは、
金銭的なことよりも、精神的ダメージがつらいということ。
あそこでああしていれば、こうしたのが悪かったのかな。
と、自分を責める気持ちがどうしても生まれる。
でも、絶対に加害者が100パーセント悪いのだ。
たとえ家の鍵をかけずにドアを開けっぱなしにしていても
人の家に勝手に入って物を盗むほうが100パーセント悪い。
そう自分に言い聞かせることが自分なりの対処法だった。
ちなみに海外旅行保険で、たしか当時のiPhone購入価格の
6割程度は戻ってきたと思う。

余談だが旅先でiPhoneを失った経験がもう一回ある。
サン・アドに入ってから夏休みに行ったニューヨークで、
ブルックリンの古いビルの中にあるAirbnbに泊まった。
ビルのエレベーターでiPhoneをスカートのポケットに入れようとして
失敗し、落下したiPhoneは床をすべって、
エレベータードアと建物の間の細くて暗い隙間の中に落ちていった。

これももう、どうにもできなかった。
Airbnbのオーナーに連絡して相談したが、
NYでエレベーターの業者がすぐに来てくれることはありえないし、
来たとしてもその隙間は地階まで繋がっていて
奈落の底に落ちているはずなので、救出する術はない。

幸い会社のスマートフォンも持ってきていたので
マンハッタンのアップルストアを探して、あたらしいiPhoneを買った。
痛い出費ではあったが、iCloudのバックアップはとれていたし、
落としたiPhoneには旅行用の使い捨てSIMを入れていたので、
写真やデータの損失はまったくなかった。

私のiPhoneは今もブルックリンの地底で眠っている。
私がとっくに死んだ後、200年後くらいにそのビルが取り壊されて、
解体業者が瓦礫の中から200年前のiPhoneを発掘する。
データを復元してみると、極東のアジア人の生活が記録されている。
そう考えてみるとなんだかすごくロマンチックな話に思えてくる。
いや、ただの不注意でアホな話なのですが。
でも案外人類はこうして思いがけない何かを後世に残すのかもしれません。

では、また明日〜!

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