リレーコラムについて

それが陰毛であったならどれだけよかったことか

秋田勇人

妖怪ウォッチが流行る何年も前から、
やたらと人口に膾炙している妖怪がいる。
妖怪チン毛散らしだ。
一人暮らしの男性の部屋によく現れ、
あるはずのないところに陰毛を散らしていくという、
人畜無害な妖怪である。

しかし僕は、
妖怪チン毛散らし伝説よりもよっぽど、
神出鬼没にあらわれる
陰毛そのものにこそ、ロマンを感じるのだ。

考えてもみてほしい。
抜け落ちて床に散らばるか、
パンツに貼りついて一生を終えるのが関の山の陰毛が、
いかなる冒険を経て本棚の高い段に降り立ったか。
どんな旅路の末にバカラグラスの底に身を横たえるに至ったか。

そのグレートジャーニーを思えばこそ、
僕は、ふと意外な場所で出会う陰毛に敬意を表してきた。

1.5mほどあるタンスの登頂に成功していた陰毛には、
「とんだアルピニストだね」と声をかけた。
冷凍庫の中で厳しい寒さに凍えていた陰毛は、
優しく毛布でくるんであげた。
辻仁成の本に挟まっていた陰毛には、
「やっと会えたね」と声をかけた。
信号待ちの交差点でも、明け方の桜木町でも
いるはずのない陰毛を探した。

そんな僕と陰毛の蜜月は、ある日突然終わりを迎えた。

打ち合わせの合間、
とある若手プロデューサーと談笑していると、
彼は何気ない口調でこう言い放ったのだった。

「たまにヘンなとこにチン毛落ちてるじゃないですか?
 あれってワキ毛らしいっすよ。」

その瞬間、僕の中ですべての疑問が氷解した。
なぜあんな高い位置に陰毛が落ちるのか。
なぜ本に挟まるのか。
そしてなぜ、男の部屋にだけ沢山落ちているのか…。

それからというもの、
僕は変なところで出くわす陰毛、
もといワキ毛を許せなくなった。

「オレを騙せると思うなよ、この薄汚いワキ毛野郎…。
 脇から落ちただけの分際でなにがアルピニストだよ!
 野口健さんに菓子折り持って詫びてこいよ!」

とばかりに怒りがふつふつと湧いてきて、
ワキ毛を見つけるたび、激しくクイックルワイパーで拭きとった。
機嫌が悪いと、チャッカマンで火あぶりの刑に処した。

もし妖怪チン毛散らしのアナタがこのコラムを読んでいたら、
今すぐワキ毛散らしに改名したうえで、
僕の部屋には決して近づかないことを忠告する。

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