リレーコラムについて

メキシコ留学先の、ホストT。

歓崎浩司

松井秀喜さんがヤンキースに移籍した年、
僕はメキシコのグアダラハラにいました。

2ヶ月のスペイン語留学です。

グアダラハラはメキシコ西部の都市。
首都メキシコシティが「東京」だとすると、
規模も、離れている距離も、雰囲気も、
グアダラハラは「大阪」。

春は、カラッとした日本の夏という気候で、
太陽はサンサンとしていて、
乾燥していて、心地の良い日が続いていました。

「海外に行ってみたい、住んでみたい。」

昔からずっと夢でした。
チャンスがあったら絶対行ってみたい、
そう強く思っていたのです。

大学でたった半年学んだスペイン語。
初めての海外生活でしたし、
治安も含めてかなり不安でした。

でも、思い切って踏み出す。
後悔だけはしたくないし。

僕は大きく重いスーツケースを転がし
覚悟を決めて、渡墨しました。
(一昨日のコラム参照)

「¡Bienvenido, a Mexico!」
(メキシコへようこそ!)

夜中のグアダラハラの空港。

遅い時間でしたが、迎えに来てくれた、
僕がお世話になるホームステイ先の
Madre(お母ちゃん)が手を振っている。

その横に、背の高い、鼻も高い、
ギョロリとした目をした男がいました。

息子のTです。

「Hola, Koji.」
(やぁ、コーヒ。)

僕を見下ろしてギョロリと僕を見ながら、
Tは僕に声をかけました。

(コーヒ…)

スペイン語の「J」はハ行になります。

有名なのが…何でしょう…
あ、「Mojito(モヒート)」ですね。

これはキューバのカクテルでしたか、
キューバもスペイン語です。

「ji」は「ヒ」になるので、
僕の下の名前はここでは
「Koji」は「こうじ」ではなく、
「コーヒ」になるのでした。

「オ…オラ…エ…エンカータード…」
「ソソソイ…コーヒ」
(ど、、、どーも、、、は、、、はじめまして、、、)
(僕は、、、コーヒです)

おどおどしながら、
スペイン語で挨拶しました。

周りには日本人はいません。
誰も助けてくれません。

たった半年のスペイン語…
数字が数えられる程度の
語学力でやってきた日本人の僕。

Tは挨拶のあとは、
口を真一文字にして遠くを見ています。

(これは手強そうな家族だ…)

不安そうな僕に、
Madreがものすごい勢いで
スペイン語をまくし立てて、
車に乗るように促します。

「(荷物いっぱいだね!)」
「(長旅で疲れただろう?」」
「(日本は遠いんでしょ?)」

うちのおかんみたいなことを
聞いているのではないかと
勝手に想像して、僕はニコニコと

「Si,si…(えぇ、、そうですはい、、)」

と相槌を打ちながら嫌われないように
(いいヤツだと思われたくて)
そう繰り返していました。

もう帰りたくなりました。

早すぎて聞き取れないMadreのスペイン語。
逆に寡黙な、息子T。

やがて滞在先のホストファミリーの
家に到着しました。

深夜23時を超えていたと思います。
僕は「死者の日」のような
悲壮な顔色をしていたと思います。

「(さぁさぁ入って)」
というジェスチャーに促されるままに家の中へ。

Tが僕のスーツケースを
車から降ろしてくれました。

すると一層ギョロリと目を見開き、
ちょっと口角が上がりました。

大きく重い僕のスーツケースが、
ちょっぴりTとの距離を近づけてくれました。
(カバンの重さのポテンシャル!)

暗い玄関の奥には、
ホワンとろうそくに照らされた
優しい空間になっていました。

自然な「ろう」の香りと、
おそらくダウニー(的な海外の洗剤)の香りが
家の中に漂っていました。

Madreがキッチンから持ってきてくれた
Quesadilla(チーズ入りトルティーリャ)に
かぶりつき、「(おやすみなさい)」と
用意された部屋のベッドに逃げるように潜り込み、
僕のメキシコ生活がはじまりました。

Tの家には、僕以外にも、
ホームステイを受け入れていました。

ホテルマンを目指す、
陽気なメキシコ人ペドロ。

シェフ修行中の、
おしゃべりメキシコ人アルバロ。

ふたりは、メキシコの地方から
グアダラハラの学校に通うために
下宿していたのです。

そしてもうひとり。

僕と同じようにスペイン語留学で
メキシコに来ていた、
若い頃のビル・ゲイツ似の
アメリカ人ジェイソン。

ペドロ、アルバロ、ジェイソンから、
僕はホストのTと同い歳だと聞きました。

僕はこの経験から、歳が同じだと、
強く「仲間意識」を持つようになりました。

勝手に、一方的に、
歳が同じだ、というつながりで
不安な気持ちを紛らわせていたのです。

「だって、歳同じやんか。」と何があっても、
生まれた年の偶然の一致を理由に、
受け入れたり、受け入れてもらったりしていました。

おそ松くん。

Tと僕たちは、まるで兄弟のようでした。

「♪光る雲を突き抜けFar away!!」

休みの日には近くの屋台のタコスにたむろし、
ドラゴンボールのアニメソングを熱唱しました。

「(買い物いこうぜ)」
¡Vamonos!(レッツゴー)と、
誰かが買い物に行く時は用もないのにみんな集まり、
Tの車でスーパーマーケットに出かけました。

メキシコはサッカーが盛んで、
Tに連れ出され、無理やりメンバーに入れられ、
走り回ったこともありました。
(全然ボールにさわれませんでした。)

スーパーファミコンでは、ある格闘ゲームで
Tをボッコボコにしたこともありました。
(ゲームは得意でした!)

「¡Arriba, abajo, al centro y a dentro!」

テキーラのショットグラスを掲げて、
「上げて、下げて、真ん中に、そして中へ!」と
グッ!と本場のテキーラを胃に入れる。

ベロベロになったTと僕ら。

ある夜、気持ち悪くなった僕は、
家の外に出て本場のテキーラを
リバースしようとしていたら、
警察に職質されたこともありました。

メキシコでは外で酒を飲んではいけません。

僕は飲んではいないものの、
アジア人が住宅街でふらふらしていたので、
明らかに不審者だと思われたのです。

吐いても迷惑にならなさそうな
木陰の見えないところに向かっていました。

すると…大声で「(手を上げろ!!)」と、
警察が拳銃を構えてこちらを睨んでいます。

(嘘でしょ…映画で見るやつ…)

僕はゆっくりと手を上げて、
そのまま膝をつくように体をぐっと下に
押されました。

(吐きそう…)

「(パスポート見せろ!)」と言われても、
家の中だし、「(ここで何をしてるんだ!)」と
聞かれても、ちょっと言いにくいし…

すると、ギョロリとした目で
家からTが駆けつけてくれました。

シリアスなトーンでしたが、
Tは警察官と話をしてくれました。

(助かった…)

ホッとしたその瞬間…
僕は膝をついたままマーライオンのように
テキーラをリバースしてしまいました。

大爆笑でした。

シリアスだった警察官とTは、
そのあまりの豪快な僕のマーライオンに
手を叩いて笑ってくれました。

「(かめはめ波!)」

朦朧としている僕の意識の中で、
聞き取れた言葉。

ドラゴンボールが好きなTは、
「(この日本人「かめはめ波」出した!)」
みたいな話で警察官と盛り上がっていました。

 

スペイン語だけでなく、
メキシコの陽気でゆっくりおおらかな生き方を
学んだ僕の2ヶ月のメキシコ生活。

日本に帰る日、
僕の頭の中ではウルルン滞在記の
テーマソングが流れていました。

(泣くんだろうな…)

しかし、想像は逆を行くものです。

ペドロも、アルバロも、ジェイソンも、
そしてTもみんなメキシコの太陽のように
カラっとして「(じゃまたね)」と見送っていました。

きっとこうして何人もの留学生と
出会って別れて繰り返していたのでしょう。
慣れたもの、だったのでしょう。

「(じゃ!)」と僕も負けずに
コロナに突き刺すライムのように
爽やかに別れを告げました。

ちょっと寂しかったです。

でも、たかだか2ヶ月だし、
そうそう簡単に国を超えて
友達ってわけにもいかないか。

連絡といっても、当時はSNSなんてなかったし、
もう会えないだろうし…

日本に向かう飛行機に搭乗し、
旅の日記でも書いておこうかと
カバンを開けて手を入れると…

何か硬いものが手に当たりました。

僕がメキシコで過ごした2ヶ月が
写真や手書きの文字でまとめられた
アルバムが入っていたのです。

初めてTと空港で会ったときのこと。
屋台のタコス、テキーラのかめはめ派のこと。

「将来働くホテルに来てくれよな!」とペドロ。
「レストラン始めたら招待するぜ!」とアルバロ。
「アメリカに来るときは連絡を!」とジェイソン。

そして「またメキシコで遊ぼう。—地球の裏側の兄弟T」

「地球の裏側の兄弟…」

背中が震えました。

カラッと別れを告げていたTたちは、
僕が後でこのアルバムをみるだろうと
わざと湿っぽい見送りをしなかったのか、と。

SNSもなかったあの時代。

連絡がリアルタイムに取れないからこそ、
こういった時間差のサプライズが
たまらなく胸を打つのでした。

その場に立ち会わない、だけど、
想像するだけでワクワクする。

あれから10年以上経ったある日。
僕はTを見つけました。

ギョロリとした目のメキシコ人。
Facebookで何気なしにTを検索してみると、
見覚えのある顔が出てきたのです。

結婚もして、お互いに大人になって、
僕は今、TとはSNSでつながっています。

IT技術が進化したいま、
あのアナログのサプライズを超えるものを
僕はTに仕掛けてやろうと思っています。

地球の裏側に瞬時に言葉が届けられる今、
本当に心を動かすことが、できるかどうか。

うーん…

難しく悩まずに、テキーラでも飲みながら、
考えてみたいと思います。

かめはめ波を出さないように、
飲み過ぎに注意しながら。

「¡Arriba, abajo, al centro y a dentro!」

NO
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