リレーコラムについて

明石町SLタワー日誌(その3)

中山幸雄

台北へのDHLが無事に届いていた、
とメールが入った。10時間分の追加の悪夢
はひとまず回避された。小澤さんは、いま
休暇でバリ島にでかけ、現地の伝統的絵画
をアーティストから習っている。
僕のDHLのことなどすっかり忘れているに
違いないのだが、それにしても、まぁめで
たい。ちなみに採点の〆切が過ぎている
にも関わらず9人の審査員のうち、僕の
提出は4番目だった。ほぼ予想通りである。
おそらく3人いる台北の審査員が
7、8、9位を占めるだろう。

さて。この秋から冬にかけて3人の友人が
アメリカにクリエーティブ武者修行に
でかけることになった。既に2人は出発
した。ひとりは以前、僕の部下だった
T君で、97年のカンヌ自費参加組(通称
ヤングカンヌ)一期生だ。
カンヌで世界のクリエーティブに刺激され、
日本に帰ってからタイやインドで
共同チームを結成してCMを作っていたが、
それでも乾きが癒えなかったらしい。
電通を休職して2002年までパサデナの大学
でフィルム演出の勉強をしてくる決心を
した。ナイキ、アディダス、リーバイス、
ミラーライトなどのCM演出で世界的に
知られているターセムが卒業したカレッジ
だ。T君は一ヶ月分の食費を60ドルと試算し、
後はすべてフィルム代にかえて勉強する
と言っている。

二人目は、制作プロダクションのプロデュ
ーサーO君だ。O君の父親は僕の上司だった
こともある実力あるクリエーティブディレ
クターである。
O君は、今年S社のCMで自信作を作り
カンヌに乗り込んだ。ところが、いざ
会場で試写されると意外なことにからかい
混じりの口笛で、苦心のCMは手厳しい
評価を受けた。柔道黒帯である硬骨漢0君は
まずショックを受け、時間をおいて頭に来
てしまった。そこであきらめなかったのが
O君だ。嫁もいるのに会社に辞表を出し、
アメリカの制作会社で修行してくると決心
してしまったのだ。
心優しいO君の上司は退職でなく休職にしろ
と諭し、修行終了後にまた戻って仕事を
しなさい、と言ってくれた。
O君は今サンフランシスコにいる。英語が
不自由なのでまず必要最低限の言語を
習得し、それから制作会社の扉をたたく
ことになる。

三人目は大阪電通にいるCMプランナー
H君だ。H君はTCC賞でも常連の、既に実力
あるプランナーである。H君は96年から
4年続けてカンヌに自費で通い、熱心に
研究を続けてきた。タイのCMが受けた
と言っては悔しがり、アメリカがいい
CMを作ったと言っては誰が作ったか
調べる。社内の留学制度が変更になった
のを幸い、当時の副社長にまでプレゼン
テーションして、アメリカのエージェン
シーに自分を留学させることを認めさせ
た。TOEICで730以上取っていないと
留学の対象にならないと知って受験時代
以来の猛勉をはじめ、そのハードルも
無事クリアした。来年早々には、おそら
くニューヨークのエージェンシーで働く
H君がいるはずだ。

三人とも30代前半の男たちだ。それぞれ
にカンヌと関わりを持ち、刺激され、
そして自分の仕事環境を変えよう
と決心した連中だ。 その勇気を讃えたい。
おそらく三人とも貯金通帳をカラにしなが
ら、血となり肉となる勉強を続け、やがて
また作る仕事に戻ってくるだろう。
JUST DO IT.のスピリットは、こういう
ことだと思う。僕も刺激を受ける。

昨夜は僕の仕事のパートナーである
Gさんと飲んでいた。Gさんはプロデュー
サー兼ディレクターのアメリカ人で、
CM制作にもっとクリエーティブな方法論
とチームワークを創りたいと実行している
人だ。このところ韓国と東京を往復して
ワールドカップのための仕事をしていた。
Gさんのような遊牧騎馬民族クリエーテ
ィブが世界にはいる。
ニューヨークへ、シドニーへ、ソウルへ、
トーキョーへ、ロンドンへ、ペキンへ。
自分を奮い立たせる仕事がある都市なら、
どこへでも飛んでいく。携帯とコンピュ
ータと仲間たちがいれば、どこにいたって
仕事ができると本気で信じている。
Gさんからみると、日本のクリエーティブ
は大きな可能性を持ちながら、その可能性
を自ら閉ざしているようでなんとも歯がゆ
く映っている。

僕は東京で仕事をしながら、こうした
遊牧騎馬民族が立ち寄ってくれたチャンス
に酒を飲み、雑談をし、皮膚感を失わない
ように努めている。彼ら彼女らは孤独を
知っているから他人に優しい。
話を続けていると、やがて東京が
僕の知っている東京でなくなってくる。
その違和感が僕には新鮮なのだ。

NO
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