リレーコラムについて

限りなく悪夢に近い夢/木曜日

野澤友宏

こんばんは。
電通の野澤友宏です。

のんきに夢を語る状況ではなくなってきました。
戦争です。
限りなく悪夢に近い現実です。

戦争は「言葉」の放棄だと思う。
と同時に必要以上の「言葉」が要求される状況でもある。
話し合いの場が失われ、
『戦争を起こさせないための戦争。』
というねじまがった「言葉」が生まれる。

「言葉」が通じ合えば、
お互いがお互いの「言葉」に耳を傾け理解し合えば、
戦争は起こらない。
僕たちの周りで日々起こり続けている小さな諍い。
仕事上での人間関係。夫婦や恋人同士の痴話喧嘩。
それらの小さな小さな“戦争”は、
たいがいにおいて「飲もうか。」やそれに近い「言葉」で片づくことが多い。
多くの人は「話せば分かる」ことをそれなりに信じて生きている。

話しても分からないヤツ。
話し合っても解決できない状況。
話すらできない瞬間。
それは確かに存在する。

「もうなにを言っても無駄だ・・」
「言葉」をあきらめた人は、時に、刃物を手にする。
「だって仕方がなかったんですよ。
 常日頃からから殴る蹴る。
 アイツは、私を殺そうとしていたんですから。」
死人に口なし。
加害者の「言葉」が、彼の行為を正当化するばかり。
いかに被害者が「言葉」の通じない相手であるかを訴える。

『犯罪を防ぐための犯罪』のできあがり。

「言葉」が通じない相手、というイメージづくり。
ブッシュ大統領は「言葉」を尽くしてイラクをそういうイメージに作り上げた。
小泉首相は、ブッシュ大統領の「言葉」に口を閉ざし続け、
開戦するやいなや、「日米同盟=話し合う余地のない協力体制」を声高に表明する。
小泉首相もまた、どこかで「言葉」をあきらめてしまった人である。

日本にとって、今、いちばんの脅威となっているのは北朝鮮だ。
メディアは、日々、北朝鮮の“異常さ”を報道する。
有無を言わさぬ権力で北朝鮮を支配するキム・ジョンイル。
彼を信奉するもの言わぬ人民達。
北朝鮮関連の報道が僕たちに与えるもの、
それは「わけがわからない」というつぶやきである。
北朝鮮の報道に触れるたびに、僕たちの中に、
北朝鮮=「言葉」が通じない相手というイメージが少しずつ堆積していく。
そんな気がしてならない。
拉致問題をはじめとして、北朝鮮はすでに“罪”を犯している。
しかし、そうした“犯罪者”を裁く解決策として武力が用いられていいのか?
今の日本で、北朝鮮に対する武力行使を望んでいる人はいないだろう。
しかしながら、もしアメリカがイラクの次に北朝鮮をおなじように武力行使をはかったとしたら?もし近い将来そんなことが起きたとしたら?
意外にもそれを正当化してしまうような心の動きが、メディアを通じて知らず知らずのうちにどんどん進行している、そんな気がしならない。
世界中の市民が「戦争反対!」と叫ぶ中、ブッシュ大統領を支持する多数のアメリカ市民の心の動き。今回の戦争でいちばん恐ろしく感じるのは、そんな心の動きだったりする。

開戦前夜。
とある駅前。
サラリーマン二人が肩を並べ、
絵に描いたような千鳥足で歩いていた。
ひとりが叫ぶ。
「戦争反対!」
もうひとりがあとを追う。
「NO WAR!!」
と言ったのだと思う。後から考えてみれば。
でも、そのとき僕の耳には、全然違うように聞こえた。
「戦争反対!」
「飲ーもー!」

今回の戦争で「戦争反対!」といえなかった小泉首相、
北朝鮮問題に関しては、「飲もうか。」といったような「言葉」、
話し合っていけばいつかは理解できる、
という信念だけは、放棄しないでください。
僕は、コピーライターとして、いつでもいつまでも
「言葉」のちからを信じます。信じたいです。

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