リレーコラムについて

限りなく悪夢に近い夢/火曜日

野澤友宏

こんにちは。
電通の野澤友宏です。

ある商品のコピーやCMを考えはじめるとき、まずなにをするか。
その商品に触れることはもちろんですが、僕の場合、その商品の名前をブツブツとひたすらつぶやき続けることからはじめます。
いろんなイントネーションで。
いろんな声色で。
いろんな音程で。
商品名を繰り返しつぶやき続けることで、自分にいちばんしっくりくる読み方を探し、その世界観というかぼんやりとしたトーンをなんとなく決めます。

そういうことをするきっかけになった夢。
「名前」にまつわる話です。

僕は、なんの前触れもなく中学校の教室にいて、
なんの前触れもなく詰め襟を着て、
なんの前触れもなく教壇のすぐ目の前の机に座っている。
そして、先生らしき男が当たり前のように教壇に立ち、
出席簿らしきものを当たり前のように広げている。
「出席をとります。」
先生が金属的な声で生徒の名前を呼びはじめる。
「ノザワトモヒロ。」
い、いきなりオレ!?
当然ア行の名前、アイダやアカマツ、といった名前が呼ばれるものだと思ってた僕は、突然のことに声も出ない。
すると、教室の後ろの方から、ひと声。
「はい。」
振り返ると、足の小指のような顔をした男子中学生が、
いささか誇らしげに立ち上がっている。
やっぱり、おんなじ名前のヤツがいるんだあ・・・・。
金属的な声は続けざまに次の生徒の名前を告げる。
「ノザワートモヒロ。」
僕が、返事をするのに十分なだけの空気を肺にため込み、
椅子から腰を浮かせたその瞬間、隣の席に座っていヤツが勢いよく立ち上がる。
「はいッ。」
・・・・?
胸につかえたもどかしさを肺の空気と一緒にゆっくり吐き出し、次に名前が呼ばれるのを待ちかまえていると。
「ノーザワトモヒ・・・」
最後まで言い終わらないうちに、窓際のヤツが席を立つ。
「はい。」
・・・・?????
このクラスは全員オレと同じ名前なのか。
だとしたら、どうやって自分が呼ばれていることに気付けばいいんだろう。
教室では、先生らしき大人が次々と「ノザワトモヒロ」を呼び続け、その度に変声期間際の不安定な「はい。」があとを追う。
「ノゥザワトモォヒロ」
「はい。」
「ノザァァワトモヒィロ」
「はい。」
「ノッザワトモヒーロー」
「はい。」
微妙にイントネーションをずらしながら繰り返される「ノザワトモヒロ」。
ははぁん、そういうことか・・・。
自分がどんなイントネーションで呼ばれるのかは、わからない。
が、いつかは誰も返事をしなくなる瞬間があるに違いない。
その時こそ紛れもなく自分が呼ばれているときなわけで、僕はその瞬間を気長に待とうと心に決める。
ノーザーワトモヒロー・・・はい・・・ノザワトモヒッロ・・・はい・・・ノザッワトッモヒッロ・・・はい・・・ノッザァワァトモヒロ・・・はい・・・ノッザワァァトォモォヒロ・・・はい・・・ノザワァトモヒヒロ・・・・はい・・アイカワキンヤ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
教室が静寂に包まれる。
先生が教壇から僕をじっと見下す。
金属的な声が念を押すようにゆっくりとその名前を繰り返す。
「アイカワキンヤ。」
教室中の目が僕を見る。
八十の瞳が僕を見つめる。
その視線が僕の背中にグサグサと突き刺さる。
「アイカワキンヤッ!」
なにも言えず硬直した僕の耳元に、後ろの席の少年がそっとささやく。
「キンキン、ほら、お前だよ、目ぇ覚ませ!」

そして、僕は、彼の忠告通り目を覚ました。

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