リレーコラムについて

execution[èksɪkjúːʃən]

山田恭子

香港での仕事の話、後編です。

前回は、香港での打合せ方式の違いなんかを偉そうに言ってみたり、
まるでバシバシ、ブレインストームしていたかのようですが、
実態は、かなり違います。だって、みんなの会話、広東語だし。
…そうです。仕事中はずっと英語だったかのように語ってきましたが、
大半は、広東語の中で右往左往していました。

では、みんなが広東語でワイワイしている間、私は何をしていたか。
まぁ一言でいえば、ボーッとしていた訳ですが、その中で企画してみたり、
今までの案を検証してみたり、それらをどう説明しようか予行練習してみたり、
割と居心地はよかったです。会話の内容が分からないので、
ファミレスで他人の会話がBGMになっているのと同じ状態。
もし、すごく盛り上がっていれば「ゴンガンメイヤー?(なに話してるの?)」と
カットインして、英語で説明してもらう、という流れでした。

よく、「聞き流すだけで英語(外国語)が話せる」みたいなCDがありますが、
アレ、絶対ウソじゃないですか。聞くだけでいいなら、3ヶ月間、広東語のシャワーを
浴びて、私も今頃ペラペラなはず。ちゃんと文法や単語の基礎知識がないと、
会話を聞いても聞いてもまったく意味がないな、などというのも、打合せの間に
ボーッと考えたことのひとつです。

でも、もちろん、自分の出す企画やコピーは英語ベース。リサイクルしたコピー紙に
例の三色ボールペンを駆使して、いろんなことを書き散らかしました。
その中で思い出深いのは、「○○しないなら、××を飲んだ方がいい。」という意味の
コピーを書いたとき。”otherwise”を使ったら、チームのコピーライターから、
「言い方が強すぎる」と言われました。仕方なく、英作文の知識をフル稼働させて
”or”に直したら、「そっちの方がいいね」と。
なんだか高校の英語の授業を受けているような懐かしさを感じたのと、
言語は違えどニュアンスの機微の大切さに身が引き締まる思いがしたのと、
でも、どうせ広東語に直すんだから同じじゃんさーとものすごく思ったのですが
もう立派な社会人なので、顔に出して口には出しませんでした。

そんな言葉や文化、仕事スタイルの違いを、日々、驚いたり勉強したり、
楽しく過ごしていたのですが、1ヶ月経った頃、ふと我に返って思ったのです。
「なーんだ、日本とやること変わんねーなー。(原文ママ)」と。
企画して打合せしてコンテ作ってプレゼンして、うまくいけば撮影して…当然だけど
日本となにも変わることはないのです。自分は香港まできて何を期待していたのか、
足元にスーッと闇が広がっていくのを感じました。

その思いに決着をつけたのは、ECDにされたひとつの質問。
ある日、あまりに指針のないオリエンを受けた競合作業の話をしているとき、
「この仕事は難しい?日本と香港の違いはあるけど、それ以外で難しく感じるなら、
なにが難しい?」と聞かれました。
そのときは、「オリエンがなくて自由すぎて難しい」みたいなことを
ウニャウニャ答えたのですが、あとから考えると問題の根本はそこではないな、と。

いつだって、どこにいたって、「新しいものを生み出すのは難しい」のです。

それは、当たり前のことですが、目の前の課題解決にばかり注力して、
「作る」という意識をどこかに置いてきた自分には、すごく新鮮に感じられました。
だから、”execution”のために悩んで、話し合って、また悩んでの繰り返しが、
日本と香港で変わらないのは仕方ないのです。むしろ、同じように悩めることを
楽しむべきではないか。そうなると、打合せさえも作戦会議のような気がして、
以前よりワクワクできたのを覚えています。

果たして、その気持ちがいつまで続くか、
帰国後のだらけぶりを考えるとすっかり色褪せているような気もするのですが、
今この瞬間も、香港で、世界各地で、”execution”のために頭を悩ませている人がいると
思うと、自分が日本の中だけで働いているような気がしません。
国籍や今いる場所に関係なく、悩みは同じ、喜びも同じ。アイディアで勝負する。
そんな、世界中の制作者のうちのひとりであると、生みの大変さは教えてくれます。

…と、ここで話が終われば、お後がよろしいのですが、
香港でもうひとつ、変わらないものがありました。
それは、日系企業クライアントの表現気質。それがいいか悪いかどうなのか、
う〜ん、ここで言うのは、やっぱりやめておきます。

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【追記】

せっかく仕事の話になったので、電通香港の過去のCMを紹介しておきます。
やっぱり日本とは雰囲気が違いませんか。

◎ヤクルト
https://www.youtube.com/watch?v=WyLV3oOWrUc

(宝石店に入った銀行強盗たち。でも、実は強盗の予行練習をしていただけ。
「悪い人間に練習はあっても、悪い菌に練習はない。ヤクルトを飲んで備えておこう。」
というオチ。)

◎ヤクルトLT
https://www.youtube.com/watch?v=ADohLLrPMgE

(商品は、食物繊維入りのヤクルトLT。香港では開店祝いとして、獅子舞のようなものに
緑の野菜を噛ませる儀式があるのですが、店にあった最後の野菜を食べてしまった家政婦。
そのため、緑色で野菜の代わりになるLTを店主に差し出します。)

◎ICAC
https://www.youtube.com/watch?v=t2Hc8rW1FVw

(これはクライアントが香港ならでは。なんと、汚職捜査機関のTVCMです。
内容は、将来、どんな人物になるかたくさんの可能性がある次世代のために、
クリーンな未来をつくりましょう、というもの。
ちなみに、今年の競合プレには私も参加しました。)

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