リレーコラムについて

○ネイハオ ×ニーハオ

山田恭子

「ニーハオ!」

香港での出社1日め、つかみはOKとばかりに
中国語の知識を炸裂させて挨拶したら、
みんなの顔が少しひきつったように見えました。

それもそのはず、
香港はいわゆる中国語とイメージする北京語ではなく、
広東語が一般なのです。

その後、同僚のひとりが、朝食を一緒に食べながら、
北京語と広東語の違いを教えてくれました。
(ちなみに、「朝食を一緒に」と言っているのは、
会社にもよると思うのですが、香港では、朝から晩まで、
みんなで一緒に食事するという習慣があったからです。)

曰く、
ニーハオではなく、「ネイハオ」と挨拶すること、
そもそも北京語と広東語の発音や単語は全然違うこと、
そもそも北京語は簡略化した漢字を使うが、
広東語は旧体の漢字を使うので文字からして違うこと、
きわめつけは、そもそも

“I hate Chinese.”

憎々しげに言う彼の前で、私は激しく動揺しました。
え、香港て中国じゃないの、ここ中国だよね、と。
それ以降、香港人と中国本土との違いや対立は折に触れて体感しますが、
無知MAXだった私には、初日の朝から強烈な一言パンチでした。

さて、ニーハオが「ネイハオ」なら、
「ありがとう」も「シェーシェー(謝謝)」ではありません。「ムゴイ(唔該)」といいます。
謝謝に似ている、「トォーツェ(多謝)」という言い方もありますが、
これは、物理的にプレゼントをもらったときのお礼言葉なので、
とりあえず「ムゴイ」と言っておけば、なんとかなります。
この「ムゴイ」、’Thank you’とともに、’Excuse me’的な役割もするため、
電車内で人にぶつかったときも「ムゴイ」、混雑をかきわけて降りたいときも「ムゴイ」、
店員さんを呼びたいときも「ムゴイ、ムゴイ!」と、かなり便利な言葉です。

中国語という大きな括りで見れば、
北京語は「標準語」、広東語は「方言」という位置づけになりますが、
こんなに大きく違うと、当然、香港の人と本土の人は、
お互いの言語のままだと会話になりません。
ためしに「街中で、本土の人に話しかけられたらどうするの?」と聞いたら、
会社の人には「無視する」と即答されました。

その状況、日本に当てはめて考えると、とても不思議な気持ちになります。
たしかに、日本語の方言は中国語ほどかけ離れていませんが、
たとえば「あかん」とか「ちゃうちゃう」とか、標準語とは違う言い方を、
どうして自分は使ったことがないのに理解できるのだろうとか、
逆に、方言を話す人は、標準語を聞いて頭の中では理解できる一方で、
なぜ口から出てくる言葉は方言になってしまうのか、とか。

そんな疑問の中で、ひとつ思うのは、リスニング能力とスピーキング能力は、
まったく別物だったのだな、ということです。
今まで、「聞く→理解する→話す」は切っても切れない一連の流れだと思っていたのに、
香港では「聞いて理解すること」「理解して話すこと」が頭の中で別々に処理されるのを
よく感じました。

それは、英語を使っているからで、みんなが話していることは分かるのに、
いざ自分が答えようとして言葉が出てこないとき、
もどかしい気持ちとともに、私は、この別々処理感覚に陥りました。

話は理解できるから単語を知らない訳じゃない、
でも自分が使うためには引き出せない、
言葉の貯蔵庫は、理解する用と使う用の、2種類あるのだな、などとも思います。

ちなみに、私は、帰国子女でもなく、特に留学経験もなく、
日本の一般的な英語教育を受けた、ごくごく普通のサラリーマン英語力。
もしかしたら、この「聞く→理解する→話す」がスムーズにリンクしたとき、
2つの言葉の貯蔵庫が合体したとき、
英語に限らず、語学は「ペラペラ」という状態になるのかもしれません。

それにしても、こんな、言語の処理感覚の話なんてするはずじゃなかったのに。
本当は、会社の人に、広東語のスラングをたくさん言わされてワイワイ!
みたいな話をする予定だったのに…。

「聞く」「話す」も不思議だけれど、「書く」という行為も、
時々、思ってもいなかったような方向に引っ張られて、新たな自分を発見するというか、
自分の中に埋もれていた思考を発掘した気になり、いま、少し驚いています。
だから、「書く」仕事(というには、ちょっとおこがましい気もしますが)は、
いつまでも飽きることがないのだと思いました。

…明日は、香港で書いたこと、仕事の話をしたいと思います。

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