リレーコラムについて

行列してないさとうのメンチカツ

井口雄大

吉祥寺(とその周辺)に暮らしてもう26年になるというのに、
その26年間、まるまる手つかずのものがあった。
おざさの羊羹と、さとうのメンチカツ。
羊羹は朝4時から、メンチカツは昼過ぎから、
毎日毎日、長蛇の列ができる。
羊羹は1日100本限定。並び屋のバイトもあるという。
メンチカツの方は、常時20、30mの行列。
松坂牛を使っているという。

美味しいものは大好きだけど、行列は嫌いだ。
長い長い行列を前にするたび、
倍の値段払ってもいいから、すぐ買わせてください、と交渉できたらと思う。
よっぽど予約制にすればいいと思うが、
そういうたぐいの商売でもないだろう。
行列がいい広告になっている、ということもあるだろう。

そんな訳で26年間、縁のなかったさとうのメンチカツだったが、
訳あって、ついにその行列に並ぶことになった。
それもこのクソ暑い夏に。
幸い夕方になって、暑さは幾分和らいでいた。
時折、爽やかな風も吹いていた。
そして、時代は変わって、今はスマホという味方もいる。
行列嫌いな僕でも、今日なら何とかやれそうだ。
そう思いながら向かっていた。

果たして、お店に近づくと、そこに「行列」はなかった。
僕の前には5、6組程度。並んでないわけではないけれど、
行列と呼べるほどのものではない。
「そうですね、この時間帯なら大体こんなもんですね」と店の人。
拍子抜けした。行列は嫌いだけれど、
こういうものは行列も含めて味わうものだと思っていたから。

「行列のできるメンチカツ 1個180円」という看板を見ながら、
行列しないで6個購入。
「ありがとうございましたー」という店員の声が、背中に寂しく響く。
うーん、これはあまり期待できそうにない…。
と、ここまでスマホで書いて、僕は届け先に向かった。
ああ、この先は食べなくても書けるわ。と高をくくりながら。

メンチカツはうまかった。行列しなくてもうまかった。
あぶない、あぶない。あやうく思い込みだけで、
本当っぽい嘘を書くところだった。
そういえば、こないだ蛍を見に行ったときも、
同じことを逆の状況から思ったのだった。
人が集まろうが、集まらなかろうが、蛍の美しさは変わらないんだから、
できればガヤガヤしてない方が、存分に愉しめるよなあ、と。

期待できそうにない、という期待は裏切られ、
書こうと思っていたことと違うことを書いている。
こういうことがあるから、人生はやめられないなあ。

木曜の日付で、未来のできごとを書いている井口です。
時差通勤のキャンペーンに、こんなコピーはいかがでしょうか。
ちょっと遠いですかね?というかテーマが、ちょっと古いですかね?

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