リレーコラムについて

彼女の言葉

後藤エミ

「        。」

彼女は、その生涯を通して、何も語ることがありませんでした。
はなこちゃん。
わが家で生まれ、わが家で息を引きとった猫です。

アメリカンショートヘアの両親から生まれたのに
長毛種で真っ黒。顔は、ちょっぴりブサイクでした。
おかげで、よそ様に もらわれることもなく
生家で暮らし続けたわけですが、
まあ、とにかく食が細くて、声が細くて、神経が細い。
雄猫に会わせたときも、いっちょまえの雌としては認められず
耳を噛まれてオシマイ。
にゃいにゃい言いながら、私のところに駆け戻ってきました。
ごめん。あれは私のセッティングも悪かったよね。

はなこは、弱々しく寄り添うような接しかたをする子でした。
それをいいことに、おなかに顔を埋めるなど好き放題していたのですが
それでも慕うように、くっついてくる。
ときどき姿をくらます日があっても、基本的には、されるがまま。
だから、私は傲慢になっていたのだと思います。

私が本格的に広告の仕事に取り組み、忙しさを極めはじめた頃、
なるべく睡眠時間を確保したくて
住まいを当時の会社に近いエリアへ移しました。

はなこにとって、初めての引っ越し。
そのストレスは、大きすぎたようです。
あんなに小食な子だったのに、
与えたら与えただけ食べるようになり、
家中あちこちで排泄をするようになりました。
その年の冬から尿結石を患うようにもなりました。

とくに悪かったのは、その後です。
私は、転職によって、ひとり東京へ移りました。
はなこが どう思うかなんて想像もせず。

残された はなこは、急激に老けて、痩せました。

お盆に里帰りしたとき、彼女は膝にのってきて
白内障が進んだ目で私をじいっと見つめました。
里帰りの間じゅう、ほとんど私から離れませんでした。

それから3ヶ月後、はなこは亡くなったのです。
14歳と7ヶ月。
家猫は長ければ20年以上生きますから、早世なほうだと思います。

はなこを思うと、いまでも悲しみが押し寄せます。
ごめんね、はなこ。
物言わない あなただからこそ
思いを汲みとってあげなければいけなかった。
言葉を使う者が優位に立ち、
言葉を発しない者の意思を軽んじるなんて。

「言葉が使えるのは、そんなにりっぱなこと?」

はなこは、なんの言葉も使うことなく
私に違う視点を教え、たくさんの疑問や反省の念を抱かせてくれた
大切な存在です。

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ずっと切ない話ばかりして、すみませんでした。
来週、コラムのバトンを引き継いでくださるのは山田綾子さんです。
広告研究所にいたときの同僚で、いま電通九州にいらっしゃいます。
ほにゃっとした笑顔が かわいいひとです。
コピーも、人柄そのまま、やさしいです。

山田さん、よろしくね。

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