リレーコラムについて

ともだち何人

小幡観

ともだちは大切です。ありがたいものです。
しかしとんでもない友人も中にはいます。
数年前、少年時代を過ごした羽村市(旧西多摩郡羽村町)に
ひさしぶりに帰ったときのこと、
私の顔を見るなり「観、おめえ痩せたな。きっとガンだよガン」と
あまりに思ったまんま、ストレートな言葉をかけてきた仲間がいます。
これをともだちと言えるのかどうか。
中学時代はコウガンの美少年。今はその面影はなく、
仕事と生活苦に追われ痩せこけた私には返す言葉がありません。
どうせ相手は田舎もんだし、と苦笑をうかべつつ、
これはともだちというより知り合いというのが正しい、と結論付けたのです。
ちなみに私の母方は、まごうかたなきガン家系です。

会社からは、社外に人脈を持て、とよく言われます。
確かに社外からの情報は重要です。思わぬ拾いものをすることもあります。
特にこの業界は、ともだちつながりで仕事が回ってくることも多いようです。
フリーランスのひとたちにとって、それは生命線にもなりかねません。
さて、ともだちは「人脈」と呼ぶべきものでしょうか。
あるいは人脈作りのための関係は本当のともだちでしょうか。
映画や小説には、男女の偽りの関係がいつしかほんものの愛情に、
てなラブストーリーがごまんとあります。もとは損得勘定の人脈も真の友情に発展、
というような美談もまんざらなくはないのでしょう。

私の場合、特異なともだち関係として
5歳か10歳年上の女性とのつきあいがありました。
ところは花のヴェローナにて、ではなく、ヤサグレ者たちがたむろする新宿は歌舞伎町。
20年前はまさにエロから発するエネルギーに満ち溢れた街でした。
当時流行しはじめたお見合いパブでかわいい女の子に引っかけられ、
「お姉さんがいるから」と連れて行かれたのが、歌舞伎町の裏の裏の場末の店。
扉をあけると、上から下まで部屋中真っ赤っかな装飾のうえ、出てきたお姉さんは
女の子とまったく似ても似つかない顔です。席ではへべれけに酔ったおじさんが
新しく封を切ったウイスキーを無理やり飲まされています。
時間が早いからいっぱいだけ飲んでって、とお姉さんに頼まれましたが
多摩育ちの田舎者にも、このやばさが察せられないはずはありません。
青ざめた私に、ささっと寄り添い、「あんたいくらもってるの」と
財布をのぞきこむや、声高に「このこオールで5000円ね!」と助けてくれたのが
くだんの女性です。体格がよく、顔は川谷拓三似。太った川谷さん(仮)です。
しゃくれた顎からはやや息がぬけた女っぷりのよい言葉がでてきます。
その日から、かわいい女の子抜きでも、この危険な店の常連となりました。
いつ行っても、いくら飲んでも5000円です。

川谷さん(仮)が店を異動するたびに、私は新しい店に顔をだしました。
月末には「なんとか来て頂戴」と泣きつかれたこともありましたが、
これも友情の証とばかりに足を運びます。
店を持つのが夢だった彼女は、ついに焼き肉屋を開きました。
しかしやくざものに乗りこまれ、一度だけ私に金を借りに来ましたが、
いつしか消息不明となりました。
地方の役場から職場に電話がかかってきたのは数年後のことです。
彼女は旅館で仲居さんとして働いていたのですが、心臓を病み急死したのです。
残された手帳には、生き別れた娘さんと私の電話番号だけが記されていたそうです。
私は仕事中にもかかわらず、顔を覆って泣きました。
電話口からは「娘さんが引き取りを拒んでいますが、どうされますか?」と
役場のひとの声が聞こえます。私はひと言、声を発することさえできませんでした。
私に何かできたでしょうか。できたはずもありません。
しかし、東京を去った後、一度でも話ができていたら、と思うのです。
せめて愚痴を聞いてあげるのが、ともだちとしての
唯一の役目だったような気がします。

(次回からは、私の大切なともだち、広渡紀子さんです)

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