リレーコラムについて

顔はいくつありますか?

下東史明

前回は自意識、というやや抽象的な話でしたが、
少し考えてみて、やっぱ顔?と思ってしまいました。
顔は人を表す。
人格を意味する「ペルソナ」という言葉も、ラテン語では仮面、ですが、
顔はやはり「自分な何者か」という個々人のパーソナルな部分と、
強く近く結びついています。

が、顔って、今や変えられる時代。
まるごと整形、でなくてもプチ整形という言葉があるように、
部分部分を少しだけいじってみる、というのも、
賛否はさておき現代人の生き方の現れであるような気がします。

そんな身体的な顔以外にも、文化的な顔というものも存在します。
よく、銀行員っぽい顔、とか社長っぽい顔、と呼ばれるような顔って、
社会から要請される文化的な顔と言えるのではないでしょうか。
実際、職場、家庭、趣味の世界で
「顔を使い分ける」というような言い回しもありますが、
これもやはり、文化的な顔。
ん?でもちょっと待てよ。
顔を多く持たないといけない現代って、1つの顔を否定されたときに、
全人格を否定されてしまう危険性に対する処世では??
使い分け、って聞くと嫌らしく思えるけど、立派な防衛術なのでは?
まあ、それはさておき、
複数の顔を使い分ける時代に、
どうやって「自分らしい」顔をつくれば、見つければいいのでしょうか。

「自分らしい」なんてことを言っていると「自分探し」をしなければならず、
探すために果ては中東にまで行かないといけなくなる、
そうするのは面倒なので、ラク〜な方法はないものだろうか。
うん。。。。。
どう見つければ、つくれば。。。。。

顔と考えるから、難しくなる訳で、表情と考えれば簡単なのかもしれません。
自分の表情。。。
うん、誰と一緒にいるかで自分の表情は結構変わっているかもしれない。
自分が好きな人たちといる時間が長いと、その分だけ、
そのときの表情は長くなる。
これこそ、「自分らしい」表情、ひいては「自分らしい」顔かもしれない!

色んな顔が求められ、使い分ける時代にあって、
一つの顔を、だらだら求めるのはとても生きにくい。
むしろ、色んな自分の顔の中からメインの顔を選びとったり、
自分で感じている方がラクなんじゃないだろうか。

昨日からダラっと続く「自分って誰?」っていう問いも、
そんなに大げさな問いじゃなかったのかもしれません。

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