リレーコラムについて

あのときを、語ろう。〜Nさんの話〜

勝浦雅彦

Nさんの話をしようと思います。

Nさんは、僕が学生時代に知り合った芸術大学の院生でした。
姉御肌、という表現がピッタリな元気な女性です。
当時僕は広告クリエイティブを勉強する学生の集まりに参加していて、Nさんもその一人でした。
Nさんはとにかく優秀で、ワークショップをやると、いつも飛びぬけた成績を取っていました。

ある日、その集まりに参加していると、Nさんから招待状のようなものを渡されました。
「はい、よかったら来てね」
「何ですか、これ?」
「私の個展、今度の土日にやるから」
普通の大学の、普通の学部に通っていた僕は、そのとき初めて学生なのに個展をひらく
人種に出会い、ショックを受けたことを覚えています。

とりたて仲がよいわけではなかったけれど、Nさんとはちょいちょい話をしては、
そのやりたい事の多さや、将来の設計図の大きさに驚かされたものでした。

超氷河期であったのにも関わらず、Nさんはその優秀な才能のまま広告会社に就職し、
僕もまたなんとか別の広告会社へ。
コピーライターになれるものとタカを括っていた僕は、あっさりと営業に配属になり、
苦闘の日々が始まりました。
外回り、接待が終わった後や、土日に時間を見つけては、コピーを書き続けました。

その間、希望通りに制作職に進んだ仲間達とはどんどん、疎遠になっていきました。
スーツにネクタイでは、あいつらに会いたくない・・・今となっては狭い了見ですが、
当時はその思いをバネに生きていたことを思い出します。
時は流れ、三年の歳月が過ぎ、僕は制作局に転局することになりました。
ようやく、あの仲間達にも会える。

そう思った矢先に聞いたのは、Nさんの訃報でした。

それは、ある夏の日、偶然再会した仲間の一人から聞いたのですが、
Nさんが亡くなったのは、僕がそれを知った少し前の事でした。

Nさんは、ずっと仕事で悩んでいたのだと。
体調も崩しがちだったのだと。
ある日、自宅で倒れて亡くなっているのが発見されたのだと。
死因は不明、というか周囲には知らされなかったのだと。

・・・彼は、涙声で酒を飲みながら教えてくれました。
その時、僕の中に湧き上がってきた感情は、悲しみではなく、怒りでした。
どうして、あんな才能のある人が死ななければならないんだ・・・?

「何かやろう、Nさんのために」
散らばった当時の仲間達が集まり、Nさんのお悔やみをすることになりました。
連絡先がわからなくなった人もずいぶんいたけれど、多くの出席の返事が返ってきました。

場所は銀座のとある店。
次々と集まってくる仲間達。
本来は数年ぶりの同窓会のような集まりなのに、みな、少し暗い面持ちでした。

同じテーブルに座り、ポツポツと近況などを語り合うと、会社をやめた人、
突発性難聴になった人、体調を崩して会社をずっと休んでいた人・・・
みな壁にぶち当たり、もがき苦しんでいました。
20代後半、少しずつ抱えている荷物が重くなりだす年齢に、
僕らはさしかかっていました。

いつしか、みな黙り込んでいたそのとき、
Nさんと仲が良かった女の子が言いました。
「近くに、Nやんがいるような気がする。お風呂に入っている時とか、ご飯を食べて
いるときとか、ふとそう思うときがあるの。なあんだ、Nやん、そこにいるんじゃんって、
心の中で声をかけたりするの。Nやん、きっとそばにいるよ」

何人かは、泣いていました。

それから数年後、僕は九州に旅立つことになりました。
理由はたくさんあったけれど、決断したとき、Nさんのことがふと頭をよぎりました。
「チャンスがあるうちは、この仕事を諦めるな」
そう言われた気がしました。

あのときお悔やみの場に集まっていた仲間も、少しづつ自分の居場所を見つけたり、
別の地方に飛んだり、フリーになったり、
みな、なんとかぐらつきながらもやっています。

Nさんの話はこれで終わりです。

話は終わり、と書きましたがなんと寂しい響きだろうと思います。

生きていれば、辛くたって、叱られたって、ネットに中傷を書き込まれたって、
あいつのコピーは駄目だと言われたって、朝、今日はひとつぐらいいいことがいいこと
があるんじゃないか、と期待して目覚める事ができる。

だから、望み続けた場所にいることを感謝して、
歯を食いしばってやっていこうと思っています。

ある時期に、同じ夢や情熱を傾けた仲間のために。
果たされなかったその想いのぶんまで。

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結局、何の統一性もなく、コピーとか広告とかとあまり関係のない内容が大半を
占めましたが、一週間お付き合いいただきありがとうございました。

僕がもっとも好きな映画「道」に、
「小石だって何かの役に立っている、君だって誰かの役に立っている」
という台詞が出てきますが、
このコラムも誰かの何かの役に立ってくれれば幸いです。

それでは、来週のリレーコラムは、同じ年で10年来の友人である
フロンテッジの中澤岳央君にお願いしようと思います。

新入社員の頃に出会い、会社は違えどお互い営業と媒体からのスタートで、
ほぼ同時期にクリエイティブに転局し、いっしょにヤングカンヌを戦った仲です。
ちなみに僕と中澤君がはじめて異なる会社同士でヤングカンヌに参加した
コンビになるんだそうです(結果は散々でしたが)。

一年先に中澤君は新人賞を獲りましたが、あのヤングカンヌ惨敗の帰りに、
銀座の和民で二人、涙酒を飲んだ頃を思うと
今こうしてリレーコラムを渡せる事が感慨深くもあります。

それでは中澤君、よろしくお願いします!

何かご意見・ご要望・もろもろありましたら、
masahiko.katsuura@dkj.dentsu.co.jp まで。

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