リレーコラムについて

母のカメラ

清水清春

これは単純に自分の視野が狭いということなのですが、
あとになって「なんであの時に気づかなかったのだろう」ということがあります。

僕の母は、衝動買いが好きでした。
ってヘンですね。衝動買いというものに好き嫌いがあるわけではなく、
好き嫌いを考える前に買ってしまうから衝動買いですよね。
ちまちました小物を買って使いもしなかったり、
なんか健康磁気羽毛ふとんみたいのをン十万で買わされたり、
そのうちさすがに僕も心配して注意するようになりました。

いまから20年以上も前の話です。
父が脳溢血で倒れ、近くの病院に入院しました。
母は付きっきりで看病していました。
その頃僕は若狭の実家を離れ、広島でコピーライターの修行中でした。
入院して1ヵ月後くらいでしょうか。とりあえず病状は安定したので今後はリハビリを、
という頃になって、母から電話がかかってきました。
容態が急変したのかと思ってあわててとると、
「清春、あのな、母ちゃん、カメラ買いたいんやけどな」
「カメラ?たしか家に2つあったやん」
「いや、なんかええのんがまた出たらしいねんわ」
父が別条なくなって、お気楽にまた衝動買いの虫がうずいたのか。
そう思うとだんだんと腹が立ってきて、それから10分ほど
お説教というか、僕は母を怒りとばしていました。
「これからがお金かかるゆうのに、何を考えとるねん!」

(そういうことだったんだな)
僕が気づいたのは、母が亡くなってからでした。
父はその後一旦は回復しましたが、2度目の脳溢血で倒れ69歳で生涯を終えました。
その父の13回忌が1週間後という時に、母が倒れ、
10日ほどの入院ののちに81歳で亡くなりました。
父の命日と、わずか3日違いでした。
葬儀を終え母の遺品を整理していたときです。
1冊のアルバムを見つけました。
開いてみると、父の写真でした。
それも、あの、最初の入院でリハビリをしていたときのものばかり。
記念写真のようにカメラを向いているものもありますが、
ほとんどがなんでもない日常の入院風景です。
ごはんをこぼしながら食べていたり、車椅子に乗ってぼんやりしていたり、
口を半開きにして寝ていたり・・・。
アングルも中途半端だし、ピントもきれいに合っていない。

アルバムのページをめくっているうちに、ようやく僕は気づきました。
母は、もっと父が撮りたかったのだ。
だから素人でもきれいに撮れる、フルオートのカメラが欲しかったのだ。
(なんであのとき気づかなかったのだろう。
買っていいよと言ってあげられなかったのだろう。
いやそれよりも、なんで母に買ってあげなかったのだろう・・・)
僕は無神経な最低の親不孝者です。

母の死に目には会えませんでした。
容態が落ち着いているようだったので、やり残した編集のために
敦賀から大阪に戻る途中で母の訃報を聞きました。
引き返す列車が琵琶湖畔を走っているとき、
ふと顔を上げて窓の外を見ると、湖の上に虹がでていました。
それも二重の虹が。
(父ちゃんが迎えにきたんやな)
素直にそう思いました。

「人は誰も、自分だけの奇跡を持っている。」

そんな言葉が浮かびました。

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