リレーコラムについて

タクシーの運転手さんは、いいました。

佐々木望

3年ぐらい前の、雪の日のことです。
深夜まで仕事をした僕は、会社の近くでタクシーを拾いました。

乗った瞬間「暑いなあ」と思いました。
それもそのはず、暖房がMAXに近い感じで、
すさまじい勢いであったかい風を吹きだしたからでした。

僕は運転手さんに、暖房を弱めてほしいといったのですが、
なんとなく受けながされて、そのまま。

タクシーは、銀座から首都高速に乗って走っていました。

僕が、もう一度、暖房を弱めてほしいというと、
ああ、と地味に反応して、ちょっと弱くなりました。

しかし、まだまだ暑いわけです。
仕方ないので、窓開けます、と宣言してちょっと開けました。
ひんやりした風が入ってきて、とても気持ちいい。

意味のわからない暖房祭りから解放されて、
ほっとしていたのもつかの間、
運転手さんが、窓をしめてくれというのです。

運転手さんは、どうやら風邪をひいていて、
尋常じゃないほど寒気がしているのだと。

それならそうといってくれればいいのになあ。
と思いながら、仕方ないですね、と窓を閉めました。

タクシーは、目黒と渋谷との分岐を、
目黒方面に向かって走っていました。

そのときです、運転席から「バブーッ!」という音がしました。
とうとう、彼はやってしまいました。

さすがにそれはないだろ、と思うのとほぼ同時に
ジェット気流に乗って、芳しいフレイバーが僕の鼻腔を貫きました。

僕は、反射で窓を思いきり開けていました。
みぞれっぽい雪が、顔にバチバチ当たりました。

そして、なんとか呼吸困難を脱した僕を、
運転手さんは、バックミラー越しに見ていいました。

「すいません、漏らしました。」

ちょっと毅然とした口調だったと記憶しています。
しかし、そのあとが大変です。タクシーは荏原で降りると、
中原街道に入ってすぐのラーメン屋さんの前で急停車。

ドアを開けた運転手さんは、腰を前に突きだし、
下半身が先行して、上半身はそれについていく、
というようなありえない姿勢でそのラーメン屋さんへ。
さっきの毅然とした雰囲気は、なんだったのか。

僕は、雪の降る中、窓を全開にして
後部座席で待ちぼうけです。
でも、待てど暮らせど帰ってこないのです。

仕方なく僕は、おもむろにタクシーの支払いボタンを押して
領収書の金額を置いて、次のタクシーを捜したのでした。

あとから気づいたのですが、
実は、高速料金を支払うのを忘れていました。
まあでもそれは、なんというか、あの香りに免じて。

ちなみに、その当時、僕はこの話を「個人情報漏洩事件」
というタイトルで、いろんな人に話していました。

  • 年  月から   年  月まで