リレーコラムについて

30を、どう迎えるか。

荻野綾

はじめまして。
サイトウタカシさん改め「サイトウソンジ」さんから
バトンを受け継ぎました。
コピーライターのおぎのあやです。

この11月1日から、縁あって電通で働いています。
(といっても、まだナニもしていませんが)
ソンジさんの饒舌?コラムにつづくプレッシャーを
たっぷり感じていますが、一週間、
つれづれなるまま、よしなしごとなどを
自由に書かせていただけたらと思います。

さておき、タイトルのお話。

誰かに聞いたのか、何かで読んだのか、
そもそもの情報源はどこにあったのか忘れてしまったけれど。
30歳。
この節目の誕生日を
どこでどう迎えるのかって、
自分が意識している、していないにかかわらず
その後の人生の予言になっているそうです。

その日の過ごし方、
その日を過ごした相手、
その日に考えていたこと、
などは、何らかの絆でその先の自分とつながっていて、
一生、大切にしていきたいものと深い関わりがある。
みたいな話(だったと思います)。

2000年11月18日。
30の誕生日。12時をまたぐその瞬間を、
私は葵プロモーションの会議室で迎えました。

それなりに夢もありました。
節目ですから。大切な人と思い出に残る場所で
迎えたい、と思うじゃないですか。ふつう。
ま、そんな淡い期待も微塵に破れ、仕事です。どっぷりと。
ああ、記念すべき日をここで迎えるのかと
長い会議の途中、しばし哀愁に浸っていたときー。
その場にいたクライアントさんと
当時の代理店CRのスタッフ、プロダクションの方々が、
どこからか調達してきたビールで乾杯してくれました。
それが私の、30の迎え方。

思えばこのあと、会社を辞め、働く環境を変え、
私の人生はいつからか、私も予想しない方に
向かっているのではないかと
不安に思うこともありました。
でも、広告をつくるということ。コピーを書くということ。
いまもそれが続けていられるということ。
そういうことは、たしかに全部、
30の迎え方に反せず
いまの自分とつながっている?気もします。

大切な仕事と、大切な仕事仲間と、
私は私らしい30を、あの時、迎えた。
運命というほど大げさなものではないけれど、
なんとなく、私の人生の大切な部分は
どなたかの残した言葉?どおりに向かっている。
不思議に当たっている偶然を、
そのしあわせを、ありがたく思う今日この頃です。

コピー、書きます。これからも。
なんか、宣誓、みたいですけど。  
新しい毎日がはじまったところなので、
気持ちも新しく、前向きな私です。

これから30を迎える、というみなさん。
いつか来るその日を、どんな自分で迎えるのか。
無限の想像を、ちょっと楽しんでみてください。

30を迎えてすでに何年かたった、というみなさん。
そのときをいっしょに過ごした人と、いまもつながっていますか?
そのとき感じていたこと、その志は、いまも変わりないですか?

NO
年月日
名前
4974 2020.09.30 玉川健司 新居は六本木
4973 2020.09.30 玉川健司 ずっと福岡にいるものと思っていたのに
4972 2020.09.28 玉川健司 中村さん
4971 2020.09.26 中村聖子 お元気ですか
4970 2020.09.24 中村聖子 「不要不急」にもエールを。
  • 年  月から   年  月まで