リレーコラムについて

砂と青の旅 <海と迷路篇>

岩井俊介

昨日からのつづき。

翌朝。
ダウンタウンへ。
サッカーの決勝戦があったのか、
赤黄のジャージを着た若者と、
赤白のジャージを着た若者で街は二分されている。
赤黄組はカーステ全開の車にハコ乗りして旗を振り回し大騒ぎ。
赤白はカフェに座ってそれをただボーっと見ている。
どちらが勝ったかは明らか。
言い争いも、いがみ合いもなし。挑発もしない。
赤黄はただ嬉しそうなだけ。
赤白はただ肩を落としてるだけ。
やはりここは根っから穏やかな国らしい。

広場へ出ると、
足元にゴムまりのようなサッカーボールが転がってくる。
子供たちにけり返すと、大声で、
「ナカータ!」「ナカータ!」の大合唱。
「タカハーラ!」と叫ぶちょっと詳しい子もいる。
20世紀にモロッコへ行ったときは口々に
「ジャッキー・シェーン!」(フランス語では“シェ”になるわけで)といわれたもの。
偉大なり。ナイキ契約アスリート。

アラブ世界の子供たち独特の、
アジア人を見つめる好奇の眼に見送られ、
「アラブでもっとも美しい」といわれるメディナ(旧市街)の迷路へ突入。

メディナを歩くことは生のロールプレイングゲームだ。
右、左、斜めから「マイフレンド!」「ジャパン?」「モナミ!」とかかる物売りの声。
しつこいその声を軽くかわしながら、店先をスキャンする。
強い香辛料となめし皮のにおい。
細い路地にさす強い日差しと影のコントラスト。
目の前を突然横切る猫やサッカーボール。
恥ずかしそうに手を振る子供たち。
何かに気をとられれば荷車やおっちゃんにぶつかりそうになる。
右へ、左へ、奥へ。
やがていつしか方向感覚を失う。
その感じが何より心地よい。

モロッコのマラケシュは
町のほぼすべての建物がサーモンピンクのアドビ色だったが、
ここでは、ほぼすべてが白地に青。
白い壁に、ドアや窓だけでなく、ひさしやシャッター、
電気のパネルみたいなものまで、
建物の開口部という開口部が鮮やかな水色。
それも「ここが青だったら美しいはず」という適切な美的感覚で配色されている。
まるで街全体にひとりの才能あるアートディレクターがいるよう。
だから当然美しい。
旅を続けるにつれ、この白青は国全体に広がっていることに気づく。

翌朝。
予約していた4駆をピックアップするため空港のAVISへ。
「デカイよ。すごくデカイ!」と係のおじちゃんが言うとおり、
用意されていたのは巨大なニッサン・パトロール。日本名サファリ。
砂漠に乗り込むのに相応しい、ぶっといタイヤと不敵なツラがまえ。
でもさすが世界の日本車。
運転は圧倒的にラク。

パトロールを2駆モードにしてカルタゴへ。
世界史選択者にはおなじみのそこは、
葉山のような海に面した高級住宅地。
御用邸のような位置にどーんと、大統領官邸。
そのまわりにポツポツとローマ時代の遺跡が隠されている。
官邸のふもとに巨大な風呂の廃墟。
キラキラと輝く地中海を目の前にした、
熱海風にいえば「大展望パノラマローマ風呂」。
ローマ人たちがフェニキア人を皆殺しにして得た、残酷なる贅沢。

カルタゴの隣りは、
シディ・ブ・サイードという街。
海の上に広がる丘に建てられたすべての建物が、
徹底的に例の白青に塗られている。
空の青。
地中海の青。
白い壁に浮かぶドアと窓の青。
3つの青が重なる「チュニジアで最も美しい街」。
いや、世界で最も美しい街の一つかもしれない、と思う。
サマルカンドの青も美しかったが。

国の力というのは、産業やカネ、
時には武力で計るものなのかもしれないが、
その国が美的か、という視点で見るのなら、
ここチュニジアは明らかに超大国。
日本はほぼ最貧国か。

3つの青がバランスよく視界に入る高台のレストラン。
そのテラスにある一番いいテーブルを占領し遅めのランチ。
強く乾いた日差しに、
バターがゆっくり溶けてゆく。

一路南へ。
アメリカ風に言うと「2レーン・ブラックトップ」。
つまり片側1車線の舗装路をぶっとばす。

明日へつづく。

I fly, therefore I am.
岩井俊介

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