リレーコラムについて

今朝、テレビで猿を見て

大澤範之

「・・・えー今からお互いに自己紹介をしてもらえますか?」

96年くらいのことだったか、喫茶店でバイトするプー太郎だった僕は、コピー
ライターを目指し宣伝会議のコピーライター養成講座に通っていた。その日の
講師は、忘れもしない佐々木宏さん。忘れたくても忘れられない理由があった。

僕がコピーライターになりたいとはじめに思ったのは中学生の頃に遡る。当時、
「くうねるあそぶ。」のCMが学校で流行っていて、みんなすれ違うたびに、
「みなさんお元気ですか〜」と言い合っていた。また当時はドラクエIIが出た
頃で、みんなファミコン雑誌を愛読していたのだった。その中でファミスタの
対決コーナーの連載があって、糸井重里さんが出ていた。で、プロフィールを
見ると、コピーライターとある。さらに、「くうねるあそぶ。」などのヒット
コピーを手がけ、とあった。この人がつくったのか。何だろうコピーライター
って。しかもファミコンやり放題じゃないか。お金も持ってそうだ。はっきり
言って「ラクで楽しそ〜」と思った。そんな不純な理由がきっかけで、現在に
至ってしまっている。

佐々木さんの講義の日は、喫茶店のバイトがちょっと長引いてしまってすぐに
向かわないといけない状況だった。終わった途端すぐに着替えて駅に向かった。
バイトしていたのは吉祥寺。講義は青山のアミーホールだったので、渋谷まで
井の頭線一本で着く。吉祥寺の井の頭線の改札に行くまでには、階段がある。
普段はエスカレーターに乗ってしまうが、そのときはなぜか階段を2段抜かし
くらいで昇っていった。たぶん、急いでいた上にエスカレーターが混んでいた
のだと思うが、それがすべての間違いだった。

「ビリリリッ」

股間のあたりからイヤ〜な音がした。いまの、もしかして、ズボンが破けた音?
確認しようと思ったが、ホームからは井の頭線の急行が発車しようとしている。
井の頭線は急行を逃すとつらい。とりあえず、乗っちまおうとダッシュをした
瞬間、さらにビリッという音が聞こえたが構わず飛び乗った。車内は混んでて
座れなかったので、立ちながらまわりに怪しまれないようそっと股の間に手を
当てた。指がスッと入る。指だけじゃなく手までスルリと入る。それはとても
かわいいと言える破け方ではなく、尾てい骨の辺りから股下まで激しく破れて
いた。というより、裂けていた。が、当時はそこでズボンを買い替える時間も
お金もなく、まぁ講義だし何とかなるだろうと思って会場に向かった。誰にも
気づかれないように、ちょっと内股になりながら。

「え〜、今日はこれから2人指名しますので、呼ばれた人は前に出てください」

・・・ふぇ?これまでの講義は座学が基本だったので、そんなことは予想だに
しなかった。しかも、席は一番後ろ。指されて前に出るとき、ズボンが破けて
いるのがバレたらどうしよう。みんながクスクス僕のケツを指して笑う顔が、
一瞬で頭に浮かぶ。しかも、パンツは自称レインボーパンツという原色7色の
派手なパンツ。知り合いばかりだったら笑いも取れるが、ほとんど知り合いも
いない。心臓が急にバクバクしてきた。しかし、緊張とともに、ちょっとした
あきらめもあった。こういうとき、だいたい当たるのだ。まばらに席が空いて
いる電車で奇声を発している人が乗ってくると、だいたい隣に座られる。また、
たくさん人がいるのに僕だけ怪しい人に突然祈られていたり、学校の授業でも、
わからない問題にかぎってよく指された。(わからない問題も多かったが)

「えー、じゃぁ、大澤クン。大澤クンいますか?」

ほら来た。やっぱり来た。・・・ほんとに来やがった。しかも僕にはかなりの
イチ大事なのに「じゃぁ」だ。ここで居留守を使おうかと思ったが、数少ない
知り合いが僕を見る。もう観念するしか選択肢はなかった。一応、席を立つ時、
破れた箇所を強引にケツの割れ目に入れる。そして、ケツに渾身の力を込めて
はさむ。で、そのまま歩く。皆さんにも是非トライしてみてもらいたいのだが、
ロボットみたいな歩き方になってしまう。

「緊張してる?」と佐々木さん。

「い、いえ。」(ある意味かなり緊張してます・・・)

そして自己紹介をするように言われた。しかし、ケツが気になって気になって
自己紹介どころではない。結局、言葉に詰まったり、どもったりしてしまって
ロクな自己紹介ができず、佐々木さんもコメントに困ってしまっているご様子。
それを見てみんなも笑っている。小さな苦笑がやたらと大きく聞こえてくる。
僕にはケツを見て笑っているのではないかという気がしてならない。おまけに、
指されたもう1人の女の子は、すごく上手い自己紹介をしていた。赤っ恥だ。
もういても立ってもいられず、そ一刻も早くその場から逃げ出したかった。

結局その日は家に帰るまでずっとロボット歩きだった。そして家で破け具合を
よく確認すると、そこにはさらなる驚愕の事実が待っていた。

あれれれれ? トランクスも破れてる・・・

もう、ダイレクトにケツである。みんなにどこまで見られていたのかどうかは、
今となっては定かではないが、猿の後ろ姿を見るたびに、そのことを思い出す。

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一昨日のコラムにて掲載させて頂いた、うちの会社でつくったカレンダーの件、
さっそく多数のお問い合わせありがとうございました。反響の多さに驚きです。
自動受付システムなどなく、すべてアナログで対応させて頂いており、ご不便
おかけすることもあるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします。

まだまだ在庫がありますので、ぜひ宜しくお願いします。

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