面接官だった人
大学時代に雑誌を作るサークルにいたぼくは、
就職活動では出版社も多く受けていました。
そんな中のひとつ、
講談社の、あれは2次選考だったと思います。
まずランダムに決められた8人ぐらいでグループディスカッションがあり、
そのあとで1人ずつ呼ばれて面接、という流れでした。
指定された会議室に入ると、
並んで見守る数名の面接官を見てびっくりしました。
そのうちの一人が、山田五郎さんだったからです。
当時とっくに有名人だった山田さんですが、まだギリギリ講談社の社員でもあった頃のことです。
あの山田五郎が見ている…!
その横では一郎や二郎たちも見ている…!(当時の他の面接官のみなさん、失礼ですみません)
思わぬ状況による緊張もあって、ぼくはグループディスカッションで
ほとんど一言も喋れませんでした。
…というのは言い訳で、そもそもぼくはグループディスカッション的なものが
ものすごく苦手なのです。
面接官に山田さんがいなくても、全く喋れなかったと思います。
なにせ、数分前に会ったばかりの7人とうまく呼吸を合わせ、
よきタイミングで、他の人の発言を拾いつつ、感じよく、ちょっと建設的なことを言うなんて、
相当に高等な芸当です。(急にライミング)
単にそれをする能力のないぼくは、
「初対面の人と和気藹々とその場限りの議論を小器用にこなすなんて、偽善的だ!」
みたいなこじらせ方をして、ちょっと斜に構えていました。
(自分から受験しておいて、意味がわかりませんが…)
そのだんまりタイムが終わった後、同じ面接官たちによる個別面接です。
「きみグループディスカッションで全然喋らなかったねえ。どうしたの?笑」
という感じで、たしか五郎さんがやさしく質問してくれました。
ぼくは上記のようなグループディスカッションへの感情を赤裸々に語りました。
そういう正直な感じが、逆に面白がられるかなと、浅はかにも思っていたのです。
こうして講談社に落ちました。まあ当然です。
さて、山田五郎さんとのご縁は、その後も続きます。
今いる会社に入って2年目のときに、YKK APさんの仕事に参加することになりました。
新しいブランドCMシリーズを立ち上げる時でした。
そのCMのナレーションを、五郎さんにお願いすることになったのです。
五郎さんを候補に挙げたのは、メインプランナーだった町田聖二さん。
知的ながらカタくなくユーモラスなその語り口は、
YKK APさんの目指す世界観ととてもマッチし、そこから10数年ナレーションをお願いしました。
そして、当時はラジオCMも五郎さんに読んでいただいていました。
「窓の話でもしようか」という、元々は雑誌広告で週刊新潮に出稿していた
「謎の作家によるエッセイ」というていの読み物風コピーを、
五郎さんに朗読してもらったのです。
そのうちのいくつかは、コピー年鑑にも掲載になりました。
https://www.tcc.gr.jp/copira/id/33794/
https://www.tcc.gr.jp/copira/id/33796/
この「NA」は、山田五郎さんの声で再生してください。
もともと用意していた原稿が長くて、尺が厳しいときがありました。
テンパったぼくが録音ブースに行き「ここをカットしてください…いや、こっちかな」などと迷っていると、
「けど、ここがきっと面白ポイントなんだろ?」と言って、
削る箇所を一緒に考えてくれたことなどもありました。
今思えばとても贅沢な機会だったなあと思います。
山田五郎さん、とても素敵な方でした。ありがとうございました。