リレーコラムについて

努力は報われるのか。

山中康司

それは、同期のコピーライターから聞いた話だったか。

あるいは、研修で講師の方がお話ししてくださったのだったか。

今となっては定かではないが、

広告屋という仕事は美容師と似ていると聞いた。

お客さまに、似合わない髪型は勇気を持って似合わないと伝え、

似合う髪型を提案できるのが、良い美容師であると。

いつか、そんな話を聞いた気がする。

 

 

それはまだ僕が、クリエーターとは外見から入るものだという

メンターの教えを鵜呑みにしていた5年目くらいのことだったと思う。

学生の頃は、一度も足を踏み入れたことがなかったmod’s hairという

オシャレな美容院に通っていた。

そして、あろうことか一番大切な美容師へのオリエンを妻に委ねていた。

「今日は、どんな髪型がいいだろう?」

電話口の妻からの答えは「向井 理」だった。

 

「今日は、どうなさいますか?」

お決まりの美容師からの質問への答えも決まっていた。

「向井 理にできますか?」

 

鏡の中の僕と一瞬、目を合わせると美容師は、

任せてくれと言わんばかりに店内中に響く声で叫んだ。

「誰か!向井 理、持ってきて!」

 

何かの役に立とうと必死なのだろう。

まだシャンプーもさせてもらえない美容師の卵の女の子が

雑誌を抱えて走ってくる。

その中から取り出したのは、向井理のA2ポスターだ。

受け取ると美容師は僕の映る鏡の横に、

そのポスターをデカデカと貼り、僕の髪を刈りはじめた。

 

客も、店員も。後ろを通り過ぎていく女性も男性も。

向井理のA2ポスターに目をやり、鏡の中の僕に視線を移すと、

笑いを噛み殺し通り過ぎていく。

生き地獄だ。その地獄は、まる2時間続いた。

 

でも、そこに悪意はひとかけらもないんだ。

僕の要望に応えようと、2時間持てる技術を駆使してくれた美容師にも、

必死に向井 理のA2ポスターを探してきてくれた女の子にも、

もちろん、妻にだって。

 

そして、悪意のない努力は報われる。

 

「誰にしてって頼んだと思う?」

会社に戻って、聞いた僕に

「もしかして、向井 理ですか?」

と答えてくれたのが、このリレーコラムのバトンを渡してくれた

和田佳菜子さん、その人だ。

 

開催中の冬季五輪。

フィギュアスケートで、四回転半にチャレンジした羽生結弦は言った。

「努力は報われない」

 

諦めないでほしい。少しステージは違うかもしれないけど、

悪意のない直向きな努力は必ず報われる。

僕だって、向井 理になれたんだよ。そう信じつづけたい。

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