リレーコラムについて

アンティークのロレックスのこと。

三神明仁

 いまでこそ、機械式時計のすごいのが
安売り屋さんにも並んでいる妙な現象が起きているが、
いまから10年前は、そこまでじゃなかった。
ライカやら、ロレックスやら、
まるでお金持ちの町医者が嗜好するようなものが好きだった。
ただし、お金はなかった。
自分なりにいい解釈をすると、付加価値というか、
ただ写ればいいじゃなく、
ただ時間がわかればいいじゃないものというか・・・。
まあこのテのものは、往々にして、第一義の性能を果たさないことも多いのだが。
そのモノにまとわりつく「空気」みたいなものに価値を感じていたんだと思う。

 最初は、初任給のほとんどを投じた薄型の手巻きのものだった。
浅草の古道具屋のショーケースの中にあったものだから、
氏素性は確かではない。
なんども下見をして、いろんな情報にあたり、真贋のほどを確かめ・・・。
そんなことをしているうちに、否応なく頭に血が上る。
あれを手に入れた自分は、もう何もいらない、これで幸せになれると。
妄想が脳に充満する。

 バブルバックという名の型式のものを物色しているときは、
ピークに達していた。
だいたいコピーやデザインの仕事をしている人は、
持ち物もヒトクセある場合が多いから、打合せをしていても、
ついつい腕元が気になっていた。
そんな折、かの師匠はこうおっしゃった。
ちなみに先生は高名なコレクターでもあった。
「人間このテの話してても、鍵穴があるヤツかどうか、わかっちゃうんだよね」
(鍵穴って、モノ好きってことですか? なら俺は全身鍵穴だらけです!)

 でもその後、とある雑誌で師曰く
「もう飽きちゃったから全部仲間にあげちゃった。
まあ工業製品だからね、骨董ほど奥はない」
(ええっ、もう昇天されたんですか。まだ血の海で溺れかけているのに。
しかもタダであげちゃうなんて。ああ羨ましい)。
いやしい私は、解脱するために、
アンティークロレックスの捕獲ツアーに出かけた。

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年月日
名前
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