リレーコラムについて

母の話2

佐藤朝子

前回からの続き。
お金がなくて大変なタイミングで母が事故に遭ったことで多額の保険金が入り、我が家は一家離散せず暮らしていけることになった。
家を売り、市内の狭いマンションに家族5人と犬1匹で引っ越した。
弟を大学に行かせることもでき、母は「お母ちゃんが体で稼いだお金であんたは大学に行ったんやで〜」と誇っていた。
事故の予後はあまり良くなかった。母は骨が付きにくい体質らしく左足の骨が接着せず、金属棒が足に入ったままになり、それで障害者手帳を持つことになった。
母は、美術館も水族館も全部タダや!とみんなに自慢した。

事故から7年後、私は結婚した。
披露宴の時、母は夫に「くそ!持ってけドロボー!」と啖呵を切っていた。
祝宴の場で言うことじゃないな、と私は思った。
そして翌年、初孫が生まれた。私の第1子、長女の誕生。
その日から、母は「ばばちゃ」になった。

娘とばばちゃは、いつも一緒にいた。
私の育休が明けて仕事に復帰してからは、保育園のお迎えは毎日ばばちゃ。
当時夫は東京に住んでおり、大阪にいるのは週末だけだった。
なので、平日私に仕事がある時間の子育ては全てばばちゃが担ってくれていた。
出張も多かったのでウチに泊まってもらい、娘とばばちゃ二人だけになる夜も多かった。
今年18歳になる娘に幼い頃の記憶について聞くと、「ばばちゃと居たことしか覚えてない」と言う。
悔しい。私も頑張って一緒にいる時間たくさん作ってたのに……あ〜悔しい。

ばばちゃにとって孫の世話は、手伝い以上の意味があった。
孫は、ばばちゃの生きる糧だ。実際、孫によってばばちゃは生かされた。
毎日足を引き摺りながらもベビーカーを押してお迎えに行ったことで、骨に変化が起きた。
事故から10年くっつかなかった骨が、ついたのだ。
保育園お迎えリハビリによって骨の再生が促され、しっかりと接着を果たした。
人間ドックや定期検診など1度も受けたことがなかったのに、市から案内が来た乳がん検診を受けてくれた。
「孫のために検査してくれ」と頼むと素直に従ってくれた。ステージ3の乳がんが見つかった。
幸いなことに手術でしっかり取ることができ、再発も起きなかった。
その後、これまた孫のために、タバコを3ミリに変えてくれた。
今では水蒸気しか出ない電子ニセタバコを吸っている。
私が子どもの頃は何度お願いしても「タバコやめるくらいなら死んだるわ」と言い、私の顔に煙を吹きかけてきた人なのに。
乳がんの後も、急性腎盂炎、巨細胞性動脈炎、膀胱に謎のでかい腫瘍発生など、数年ごとになかなかの病気にかかり、長めの入院や手術をしては、その度に復活した。
本人の生命力がめちゃくちゃ強いということもあるが、「孫といたい」の意志がばばちゃを奮い立たせてきたことは間違いない。
私には気苦労ばかりかけるばばちゃだが、孫には本当に甘くやさしく、いつも寄り添い、丁寧に面倒を見てくれた。

ただ、その寄り添い方が正しいとは限らない。
母は昔からすぐ「ケツまくる」と言う。
私が学生の頃、悩み事を相談するといつも「そんなんケツまくったらええねん」で片付けられた。
「1発かましたったらええねん」バージョンもある。
友達について悩んでいると「あんたの気持ち、私には全然分からんわ。
そんなもんケツまくったらええねん」と、人間関係の機微など完全に無視した、
具体的にどう対処すればいいのか全く分からないアドバイスをくれた。
あ〜この人に相談しても無駄だな。と思った。
そんな母の言葉は、でも、私の心を軽くしてくれた。
一緒に深刻に悩まれたり、必要以上に重たく受け止められたりするよりずっとよかった。
私の悩みなんか、そんな大したことじゃないのかもなと思わせてくれる、不思議な反作用があった。

長女が高1のとき、ちょっと学校に行けなくなった時期があった。
私は理由を聞こうとした。でも娘は泣くだけで全然喋らなかったし、たまに口を開いても要領を得なくて、私は焦って強めに反応したり、一緒に泣いたり、冷静に向き合えずお互い苦しい時期が続いた。
ある日、とにかく話してくれと詰め寄った。でも2時間半、娘は一言も喋らず、痺れを切らした私がつい声を荒げると、娘は家を出ていこうとした。泣きながら「ばばちゃのところに行く」といった。
二人でばばちゃの家へ行った。ばばちゃが娘をぎゅうっと抱きしめて「なんや、言うてみ」というと、娘はポツポツと、自分の思っていることを話しだした。
ずるいなぁ。と私は思った。
でも親に正論顔で詰められると、娘も辛かったんだろうな、とも思った。
ごめん、娘。
話を聞いたばばちゃは、やっぱり「そんなもんケツまくったらええねん」と言ったけど、娘は「そういうことじゃない」と食い気味で否定し、これからどうしたいかについて、自分で調べ考えていたことを教えてくれた。
なんや、ちゃんと考えてるんやん。娘、ちゃんとしてるやん。
そのあとは、ばばちゃの過去ケツまくってきた列伝みたいなエピソード集を聞き(私も娘も何度も聞いたことある話ばかりだけど)、呆れ、笑い、すっきりして二人で家に帰った。
今、娘は毎日元気に自分の選んだ道を進んでいる。

以上、我が母、現ばばちゃの話でした。
ばばちゃはいつも、正しくない。
でも、その正しくなさに私は時々救われる。
娘も同じことを感じているんだと思う。
ばばちゃ。本当にタチが悪い。

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