リレーコラムについて

へいけのばっそん

佐藤朝子

小6の頃、社会の授業で日本史を学んだ。
母が歴史好きだったこともあり、私はいつも「今日は○○時代だった」と報告をしていた。
ある日、母に源平合戦の話をした。
栄華を極めた平清盛とその一族は源氏の巻き返しに遭い、壇ノ浦の戦いを最後に平家は滅ぶ。
私が学校で教えてもらったことを自慢げに披露してると、母は言った。
「そういえばな、ウチの母さん、あんたのおばあちゃんな、子どもの頃『へいけのばっそん』いうて、ようからかわれたんやって」
……え、なにそれ。へいけのばっそん?……平家の末孫??

母の実家は、福岡県豊前市。福岡の南部にある海に面した町だ。
1185年壇ノ浦の戦いで、多くの平家方の人々が海に沈んだ。
わずか8歳の安徳天皇が、二位尼に「波の下にも都がございます」と言われ入水したシーンは平家物語でも有名な場面だ。
ただ皆が亡くなったわけではなく、実は泳いで九州に逃れた者たちがたくさんいたらしい。
壇ノ浦は今の山口県の西南端に位置する。本州と九州を結ぶ関門海峡があるところだ。
海峡は狭く、最も近いところだと山口側と福岡側の陸は600mほどしか離れていない。
しかし、1日に何度も潮目が変わるややこしい潮流の場所であり、泳いで渡るのは到底不可能だという。
Wikipediaはそう教えてくれた。
……あれ?「泳いで渡った」って母さん言うてなかったっけ?ちょっと母、嘘すぎるやろ。

渡り方はさておき、実際、多くの落人が関門海峡をこえて福岡や大分にたどり着いたそうだ。
おそらくそのほとんどが「平家の血を継いでいない単に平家に仕えていた下級武士とその関係者」だったのだろう。
マジ直系の方たちがバッチリ逃げおおせたとは思い難い。

それにしても、祖母が子どもの頃というと、もはや昭和初期である。
壇ノ浦の一件から700年以上経ってるのに「へいけのばっそん」が悪口として成立していたなんてすごい。
それに傷ついたという祖母もすごい。落人というレッテルはそんなに効力があったのか。
ただ、母はそれについて全く何も思わないらしい。それを聞いて私は、なんというか、歴史の切れ目を見た感じがした。

そんな時空を超えた平家物語であるが、うちの母は話を盛りに盛る癖があるので、今回コラムを書くにあたり改めて真偽を確かめてみた。
「おばあちゃんの平家の末孫の話やけど、あれってほんまにほんまなん?証拠は?家系図とかあるん?」
すると母は「あるけど盗まれてん」と言った。眉唾甚だしい。

母曰く、彼女が若い頃家系図は普通に家にあったし、何度か見たことがあったそうだ。
その系譜の一番最初には、なんと天武天皇の名前があったという。
ただ調べてみると、天武天皇の皇統は奈良時代末期に途絶えている。その後に即位したのが天武天皇のライバルであった光仁天皇で、その次に即位したのが息子の桓武天皇。
で、なんと!桓武天皇は平家のオリジンだということがわかった。子孫が多くなりすぎて財政を圧迫したため、一部の皇族に「平」の性を与えて臣下におろしたのがはじまりらしい。
Geminiが嘘ついてなければそうらしい。なので、母が見た家系図のスタートポジションにいたのはきっと、天武天皇ではなく桓武天皇だったのだろう。

……いや、そういうことじゃない。問題は天武か桓武かじゃなく、そもそもその家系図が完全にウソなんじゃないか、ということだ。
海を渡った下級武士の作り話に違いない。そもそも海を渡ってないかもしれない。しかも、その家系図が今はもう家にないというのだから、怪しすぎる。

母の旧姓は「楠本」という。
楠本は祖母の家系の名前だ。楠本家は元々地主の家で、祖父は婿養子だった。
(地主と言っても江戸時代まではそれなりにでかい農家だったが明治政府に土地を渡したタイミングで家の勢いは無くなったらしい。
さらに、祖母は分家で本家ほどの力はなく、しかも祖父が婿養子なのに山を売りまくって散財したせいで、わずかな田んぼと畑しかない普通の田舎の家になったそうだ)

で、30年ほど前のある日。
近所の人が、家系図を写したいので見せてほしいと言ってきたそうだ。
昔から続く地域によくある、モトを辿れば繋がってる系の遠い遠い親戚だったらしい。
祖母は快く家系図を貸した。ところがいつまでたっても返してもらえない。祖母が返却を求めると、その人は
「これはうちの家系図だ」と言い張り、以来、楠本家の家系図は、よそんちの家系図になったらしい。

うーん、なにもかも怪しい。探偵ナイトスクープで調べて欲しいぐらい怪しい。

まあ真相はさておき、嘘でも辿れる歴史が自分の中にあるのは楽しいなと思う。
私には帰るべき田舎がない。父方の佐藤家は四国ルーツらしいが、祖父の親の代で大阪に出てきたらしく、細かいことはわからない。四国に親戚もいない。
私は大阪の堺で生まれ、その後富田林に移ったが、家が借金だのなんだのいろいろあって家族全員で夜逃げ同然で大阪市内に引っ越してきた。私が社会人1年目の時だ。
その後私は結婚して家を出たが、大阪市内にいるし、母が住んでいる家も近所にあるけれど、生まれ育った場所でもないので実家という感じもしない。(父は残念ながら他界してしまった)。
田舎がないので、お盆や年末年始もたいてい大阪市内にいる。夫の実家も車で1時間かからない距離だ。つまらない。
母に田舎があるのは羨ましいのだが、母は祖母のいない田舎に興味がない。祖母が亡くなってからは全然実家に帰らなくなったので、私も行く機会がないまま何年も経った。

そんな中、今年の8月に、楠本家の大法事が行われることになった。
祖父の30回忌だか曾祖父の50回忌だかそういうのを全部まとめて最後にでっかいのをやる、と母の弟である叔父さんが決めたので、母と二人で豊前へ行く予定をしている。やった。楽しみだ。
せっかくなので先祖の墓前で手を合わせて、ホンマかウソか謎は色々あるけれど、平家の皆さんとその末孫の皆さんに、思いを馳せてこようと思う。

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6112 2026.05.25 佐藤朝子 1時間がちょうどいい
6111 2026.05.24 森田一成 理想と現実。
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