リレーコラムについて

SURVIVOR

小山真実

父はアルコール依存症だった。

リハビリのための病院に初めて入院したのは、私が4歳のころ。
それから、断酒と再飲酒をくりかえしながら、少しずつ寿命を縮めていった。

お酒があると衝動的に飲んでしまうので、
外出時にも気をつけていなければいけないし、
家の中には調理酒やみりんも置けない。
私の合格祈願でもらったお神酒が空になっていたときは、
さすがに「まじかよ」と思った。

本来なら、家族ごと沈みこんでしまいそうな話だけど、
母や祖母が非常に楽天的だったこともあり、
家はびっくりするくらい明るかった。

「アル中の父親」の暴力的なイメージに反して、
殴られた記憶なんて一度もない。
もともとが穏やかで優しい性格だったせいか、
父はいつも、ただフワフワと寝ていた。

働いていない時期も長く、
無職の間は家にいた父と、私はいろんな話をした。
学校でも、習い事でも、テレビのニュースでも、
分からないことがあると、すぐに質問することができた。
とても賢い人だったので、たいがいのことは父に聞けば解決した。

母が働き者で、経済状況も悪くはなかったし
家族旅行にもよく行った。父は、私には特別甘かった。

それでも
「いびきをかいて寝てしまう」だけだった父の症状に、
幻覚や幻聴が加わるようになったころ、
私は、この人はもしかして、治らないんじゃないか。
遅かれ早かれ、この病気で死んでしまうんじゃないか。
と思うようになってしまっていた。

だから、父が亡くなったという電話を受けた時
一番最初に浮かんだ感想は、
「ああ、思ったより、早かったな」だった。

回復のための最後の賭けで、
私たちと離れて暮らしていた父は、
肝臓と心臓をつなぐ血管が詰まって亡くなっていた。
毎日様子を見に行っていた母が父を見つけた。
当時は、日韓ワールドカップの真っ最中。
テレビがつけっ放しになっていたので、
サッカー部だった父は、日本代表の試合を見てたのかな、なんて話になった。

葬儀のとき、私は、まあまあ泣いた。
そして、自分から、涙が出たことに安心した。
父のことは好きだったし、今でも感謝をしているけれど、
ラストの2-3年はなかなかタフだったので、
亡くなったその瞬間、「悲しい」と思えるかどうかについては、正直自信がなかったから。

泣いている自分に少し安心しつつも、
本当は心の奥に小さな違和感があることにも気づいていた。
しばらくそれを見つめていると、その正体が分かった。
私は父が死んで悲しかったのではなく、
父のことを「かわいそう」だと思って涙を流していた。
賢く、優しく、病気に勝てなかったかわいそうな父。
あまり気づきたくなかったけど、そういうことだった。ごめんね。

私は、父の卒業した高校に入学したばかりだった。
しばらくの間は、「がんばる」ことが怖かった。
アルコール依存症の患者がいる家庭で育った子供は、
家庭内でいくつかの役割を演じることがあると言われている。
私は典型的な「HERO」タイプだったので、
「がんばる」ことは得意だったのだけど、
自分が今何かに打ち込んでいるのは、
本当に望んでいるからなのか、
病気の影響なのか、自信がなくなることがあった。

中学時代からやっていたディベートでは全国大会に出た。
合唱の県代表になったり、運動会の幹部をやったりした。
人と一緒にがんばるのは得意だったけど、
自分のためにはうまくがんばれなくて、大学受験は失敗した。
大学では、チアをやった。留学もした。
会社に入って、コピーライターになった。

HEROは人からの評価がモチベーションになりがちだから、
結果が出ないと折れてしまう。
TCCが取れない時期が長く続いたのは、地味に辛かった。

親の病気の件は、あまりたくさんの人には話してこなかった。
アルコール依存症を持つ親の元で育ったということを話した途端、
アダルトチルドレンであることが、
わたしのアイデンティティすべてみたいに捉える人がいるのが我慢できなくて。

私はACだし、チアリーダーだし、電通合唱団団長だし、
料理好きだし、旅好きだし、バツイチだし、コピーライターだ。

病気がちで短命だった父との暮らしは、
私の一部ではあるけれど、すべてではない。
そしてもちろん、病気が父のすべてでもない。

父が死んだ日と、その前後に感じていたことを話すのは、
なんだか自分がとても残酷な人間だと告白することに近い気がして怖かった。

こうして書くことができる日が来て良かった。

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