リレーコラムについて

ビッグマックがあってよかった

小山真実

20代の終わりに結婚して、
しあわせな結婚生活を送っていると思っていたら、
ある日突然離婚を切り出された。

離婚理由は、正直あまり理解できないものだったけど、
でもまあ、そういうことなら仕方ないかと思って、離婚した。

今はすごく冷静に振り返っているけれど、
当時はかなり混乱していたし、もちろん傷ついてもいたので、
やってらんなくて、指針を立てた。

これが切羽詰まって考えたわりには良くできていて、
人生でどうにもならねえ壁に当たったり、
立ち直れるか微妙なレベルの失敗をしてしまった時、
(離婚がどうにもならねえことだったか、
「失敗」なのかはこの際置いておいて)
結構使える指針だと思うので、書いておくことにします。

1、私はとにかく最短で、この状態から復活する。
2、そのために、今は感情の揺れを最低限にする。
3、将来引きずってしまうような「特別な思い出」をつくらない。

で、この指針にのっとって暮らす上で、具体的なヒントもいくつか発見した。

眠れない夜は第九、起きれない朝は平均律。

そうはいっても仕事はあるし、
人ともなにかしら会っていたのだけど、
困ったのは夜。ひとりの時間。とにかく眠れないこと。

普段であれば、眠れない夜は音楽でもかけて過ごすところだが、
その当時、日本語や英語の歌詞が出てくる音楽は全く受けつけなかった。

いろいろ試してみた結果、行きついたのがベートーベンの第九。
ベッドに入って再生すれば、合唱がはじまるころにはなんとか眠くなっている。
さらに、動くのが億劫な朝には、バッハの平均律。
とりあえず再生して、なるべく機械的に身支度を整えてしまうのがコツ。

これらの音楽の何がよかったのか考えてみると、
おそらく、「人に向かってつくられたものではない」というのが
一番のポイントだったように思う。
神に対してかかれた曲や、練習・調整のためにかかれた曲は、
人間の煩悩とちょっと違うところに響いてくる感じがある。
それが、当時の自分にとっては受け入れやすかった。

同じ傾向で昼間に集中できないときはモーツアルトのピアノ曲、
夕方ならモーツアルトのミサ曲を聞いていた。

夕食に迷ったらビッグマック。

食欲がないわけではないけど、
何が食べたいのか分からないという状態がしばらく続いた。

なるべく人と食事をして、その人の行きたいところへ
連れて行ってもらうようにしていたが、
毎食そうというわけにもいかない。

特に離婚届を出した当日の夜は、
まだ式へ招待した方々へのご挨拶もできていなかったから、
誰かを誘って食事にでかけるわけにもいかず、
とはいえその日に行ったお店は、
「離婚した日に食べた味」として脳に残ってしまいそうで困った。

そこで救世主となったのがビッグマックだ。
人生で何度食べるか数える気にもならないほどのザ定番。
マクドナルドは世界中に店舗があるおかげで、
特定の場所や時間に記憶が結びつきにくいから、
いい意味で「思い出に残らない味」として重宝した。

物の処分を焦らない。

物を処分するというのは体力が必要な作業で、
落ち込んでいるときにはあまり向いていない。

そこで、共有していたものの処分は
なるべく相手に担当してもらった。

自分の持ち物に関してはしばらく放置。
引っ越しをして、少し回復してきたところで、メルカリに出した。

さらに、見るだけで辛いものは箱に入れて倉庫に入れた。

私の場合、一番きつかったのは
ウエディングドレスをリメイクして作っていた「おくるみ」。
いつか子どもが生まれることもあるかもね、
なんつって加工しておいたのが仇となった。
そう、本当に危ないタイミングとは、目の前が「嫌なこと」でふさがっている時より、
「嫌なこと」と向き合っている現在の中で
「良かった」過去や「良かったかもしれない」未来を思い出すときなのだ。

これは処分できる時が来るまで待つ予定。

貯金するより家を買う。

離婚したタイミングで家を買った。
会社に行きやすくて、ほどよくうるさい場所にあって、
自分のサイズにちょうどいい家。

これが大正解で、
購入にともなう事務作業を淡々とこなしていくことで気もまぎれるし、
新しい環境にわくわくする気持ちも出てくるし、
なんとなく想定していた自分の未来のプランが
ガランガランと崩れていくなかで、
自分を社会や労働に束縛してくれる存在ができたこともありがたかった。

人は家から出て行くけれど、
家は自分からいなくなったりはしない。
それってすごくありがたいことだ。

—-

以上、あなたに困難と向き合わなければいけないタイミングが来たとき、
もしかしたら役に立つかもしれない体験談でした。

こんな書かなくてもいいようなこと書いたのは、
離婚してって言われた日の夜、
布団をかぶって、ひたすら「離婚」を検索してまわったから。

今夜、布団をかぶって、ひたすら「離婚」を検索している人に、
届くといいなーと思っています。

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