リレーコラムについて

徘徊じいさん

小野寺龍雄

その老人に出会ったのは、東麻布の住宅街だった。

昼食をとるために僕は、館君という
コピーライターとインド料理店へ向っていた。

すれ違って10メートルばかり行くと、
館君が後ろを振り返るように口を開いた。
「小野寺さん、何も感じませんでした?、いまのおじさん。」

シルバーグレーの髪。ネクタイをきっちりと締め、
スーツを着こなしている。
やや足を引きずるようにして歩くが、
べつにおかしなところはない。
あるとすれば、手には何も持っていないところだろうか。

館君の顔を見ると何か訳知りのようだ。
その老人は、毎日この住宅街の辺りを歩いているのだという。

「なにか変だったかな?」

これは僕の想像ですけど、あのおじさんは
毎日会社に行っているつもりなんだと思うんですよね。
週末は、カジュアルな服を着ている時もあるし。
ほら、今日はウィークデイだから。

でもね、ボケてたら自分であんなにしっかりした格好は
出来ないと思うんですよ。
だから、しっかりした家族がいるんでしょーね。
この近所に住まいがあって。
まあ、それなりの仕事をしてきて、財もあるんですかね。
仕事人間だったんですよ。悲しいですね。

すっかり館君の頭の中では、
その老人のイメージが出来上がっていた。

僕は、オイオイ何が悲しいだよ!と思ったけれど
口に出さなかった。

僕らは、出会った人たちにいろいろなイメージを持つ。
電車の中で泣いている女性。ひとりで飲む男の後ろ姿。
僕らは、彼らのドラマを作り上げてしまう。

その後、何度かその老人を見かけた。
あまりに館君の話が出来すぎていたせいか、
老人を見る僕の目もすっかり徘徊じいさんになっていた。

僕らの仕事もブランドイメージを構築する仕事だ。
僕が館君に吹き込まれたように、
こんなに簡単にイメージの定着ができればいいんだけど。
まっ、それにしてもイメージって恐い。

だけど、真相はどうなんだろう?
知りたいなぁ、館君。

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