リレーコラムについて

こんな現象をなんと呼ぶ?

魚返洋平

<1:フェイント>

君は、いつもの見慣れた商店街を歩いている。
道の両脇、等間隔で並ぶ柱のスピーカーから、
シャカシャカと人畜無害なポップス(のインストゥルメンタルバージョン)
が流れている。おお懐かしい曲、しかし腹減ったな何食おう、
とか思いながら歩いている。

そんなときだ。突然、見慣れないものが
君の目に飛び込んでくるのは。
とあるビルの1階。内装が撤去されたあとの、
残骸のようながらんどう。
もぬけの殻になったお店、というか
お店「だった」空間。
「えっ、ここ潰れたの!?」
すでに“テナント募集”の貼り紙が。

次の瞬間、「えーと潰れたのは…」と君は思う。
「あぁっ、あの焼鳥屋!」
ずっと気になっていながら、行けずじまいだった焼鳥屋。
「閉店するなら、行っとくべきだった」と
覆水盆に返らないようなことを君が思ったそのとき、
柱のスピーカーから天の声(たぶん幻聴)が。
「かかったな」
マンガじみたフレーズ。
「2軒先を見てみるがよい」
という(たぶん幻聴)。
それで2軒先を見てみれば、
なんだ焼鳥屋は健在じゃないか!
早とちりに気づき、君は安堵し、すぐさま考える。
「と、なると…ここ何の店だったんだっけ」

分からない。まったく分からない。
あのチャラい不動産屋か? それは次のブロックだ。
あの謎の雑貨屋か? それはさっき通過した。
「と、なるとここは…ここは…何の店だったんだっけ!」
でも君はそれを思い出せない。
誰かにあえて聞くこともない。
見慣れた商店街のはずなのに。ほぼ毎日歩いていたのに。
ついに知る由もないままなのだ。

こんな現象をなんと呼ぶ?

<2:ケイト>

A駅のそばを、君は友だちのタジマと歩いていた。
ケイト・ブランシェットという女優の話をしていた。
話しながら、JRの高架下をくぐった。
その話題、そのタジマの声、その高架下の景色が、
君の頭ん中、名前をつけて保存された。
「ケイト」というフォルダとして。

2年後。
君は一人で、Bという町の商店街を歩いていた。
道の両脇、等間隔で並ぶ柱のスピーカーから
シャカシャカと人畜無害なポップス(のインストゥルメンタルバージョン)
が流れている。焼鳥屋の匂いがする。
脈絡なく、君はたまたまケイト・ブランシェットを思い出した。
というよりも、前にケイト・ブランシェットについて話したことを。
あのタジマの声や、あのA駅の高架線。
それを思い出しながら歩くBの商店街の景色や、
シャカシャカの音楽や、焼鳥のタレの匂いが、
また新しいフォルダに保存された。
「ケイト(2)」。

さらに2年後。
君は、またBの商店街を歩いている。
ふと、ケイト・ブランシェットのことを思い出す。
「ここ歩きながら、タジマとケイト・ブランシェットの話をしたっけ」。
でも君は気づく。
「いや違う…そうじゃない」
ごっちゃになっている。
あの話をタジマとしたのはA駅で、
それを一度思い出したのが、B商店街だ。

思い出(ケイト)を思い出した思い出(ケイト(2))を
いま思い出しているのだ。

こうしてまた、B商店街にひもづいて
新しいフォルダが生成される。
「ケイト(3)」。

ケイトと名のつくそれぞれは別々の思い出なのに。
「ケイト」は「ケイト(2)」の中にあり、
その「ケイト(2)」は「ケイト(3)」の中にあるはずなのに。
ときどき混ざる。混ざりながら、
いろんな場所(A駅、B商店街、Cレストラン、D坂、地下鉄E線…)
にケイトの記憶は拡がっていく。

こんな現象をなんと呼ぶ?

***

年にそれぞれ2〜3回はあるような気がします。
こんな感じの「こんな現象をなんと呼ぶ?」現象が。
みなさんはどうでしょうか。そうでもないでしょうか。

このリレーコラムのバトンを次に誰に渡すか、
そろそろ考えなくちゃいけない。
ともあれまた明日!よろしくお願いします。

NO
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