リレーコラムについて

サハラ砂漠のまんなかで③

大石将平

人生で一度だけ危ない橋を
渡りそうになったことがあります。

それは、長距離バスがメルズーガに到着したときのこと。

砂漠の街メルズーガには、マラケシュから13時間のバスの旅。
このバスの旅も、アトラス山脈という、
4000m級の山脈を超えるなかなかハードな旅。
こちらも書きごたえあるのですが、そんなことをしていたら、
砂漠までたどり着けないので先に進ませていただきます笑

到着時刻は、5時間遅れの深夜の2時。
なにもない路上に荷物とともに降ろされました。
そこは、ちいさな集落のような街。
マラケシュの夜とは違う深い闇が広がっていました。
その中に消えていく現地の人たちをみて、
たいへんなことに気がつきました。

「やばい、ここからどうやって移動しよう…。」

砂漠の夜をナメていました。
これまでの国では、宿をとっていなくても、
事前に調べておいた宿に、読み込んでいたマップを見て
なんとかたどり着くことができていました。
でも、この街は闇が深すぎてなにも見えない…。
なんとなくアッチの方だろうな、というのがわかるのだけど、
その闇の中に向かって歩き出す勇気はありませんでした。
そこから一歩も動き出せずにいました。

途方に暮れていると、
ふたりの男が近づいてきていました。

男の一人は、宿のキャッチでした。
「宿がないなら俺のところに来いよ」らしきことを言われました。
あまりに深い闇になす術がなく、しかも、
前日の蛇使いとの戦いに疲れていた私にとって、
その男はとてもやさしい人間のように見えました。
なんの疑いもなくその誘いに応じることにしました。

しかし、その瞬間、横にいる男に目がいきました。
明らかにおぼつかない足もと。手には瓶ビール。
異様にテンションが高い。「ヘイブラザー」とか言って肩を組んでくる。
初対面の人間に肩を組んでくるやつは、だいたい信用できない。
日本では嗅いだことのない甘い香りがした。
これは、ヤバイと思った。
いつか、オランダに行ったときに嗅いだ匂いだ。

ネットも電話もつながらない世界。
へんな宿に連れ込まれたらどうなるかわからない。いや、考えすぎか。
そんな不安と、はやく休みたいという思いを行ったり来たりしながら、
ズルズルと着いて行っていってしまっていた。

バス停からすこし歩いただけで、あたりは何も見えなくなっていた。
バスのヘッドライトの明かりが遠くなるにつれて、不安はどんどん増していく。
さらに歩いて行くと、広大な砂漠が広がっていた。
街灯も音もない世界だった。
遠くに明かりがみえた。
その明かりのひとつが宿だと言った。
この砂漠を越えたら、もう戻れない気がした。
なけなしの英語を絞り出し、その誘いを断る。
振り向けばまだヘッドライトの明かりは見えている。
気がつけば、その光に向かって走り出していた。

仕事を終え点検作業をしているバスの運転手を捕まえて、
いそいでタクシーを呼んでくれ、とせがんだ。
その時の自分はきっと鬼のような形相をしていたのだろう。
運転手は、すんなりこちらの要求に応じてくれた。
暗闇の中で待つこと30分。遠くからタクシーが来た。
もうこのタクシーを信じるしかない。
事前にネットで調べたホテルの名前を伝えた。

「Wilderness lodge」という宿に着いた。
そこは土と藁でできた、いかにも砂漠の国の建物だった。
自分の行く予定だった日本人宿には、3人の日本人がいた。
とても安心した。
オーナーは、もう夜遅いから手続きは明日でいいよ、と言って、
すぐに部屋に案内してくれた。そして、すぐに眠り込んでしまった。

すこし眠って目を覚ますと、日本人夫婦が屋上に布団を運んでいた。
その夫婦は、屋上に布団を引いて空を見上げていたのだ。
そこには、これまで生きてきた中でいちばん星が見える空が広がっていた。
到着したときは気付かなかったけど、とても過ごし易い気候だった。

あんなに夜が怖いと思ったことも、美しいと思ったことも、
そのときが初めてだった。

もし、あの日、あの砂漠を越えていたら…。

世の中には、超えちゃいけない橋ってものがあるんですね。

次回は、ようやく砂漠に足を踏み入れます!

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