リレーコラムについて

乾杯のときに乾杯と言う女が好きだ

大津裕基

私は31歳の健康的な男性でかつ独身だから、夜に女性とふたりで食事をすることがたまにある。それ自体は何の問題もないはずだ。

互いのスケジュールを調整して日取りと店を決める。店はだいたい私の方で決めることが多いがこれはいい。行きたい店はいくつもあって迷うことは少ない。問題は乾杯のときなのだ。ここで全てが決まるんである。

乾杯のときに私は必ず「乾杯!」と言う。グラスを掲げてそれはもうほがらかに。いるはずのない新郎新婦が入場してくるくらいに。朝会ったら「おはよう!」夜に会えば「こんばんは!」。それと同じで、乾杯するときは「乾杯!」なのだ。しかしこれに「乾杯!」とこたえてくれる女性は意外と少ない。ひかえめかつ上品に「お疲れ様」と彼女たちは言うのである。

この時点で私の心は折れる。ああ、この女は俺のことを恋愛の対象として見ていないのだ、と。

私には「お疲れ様」を、仕事のときにしか出ない言葉だと思っている節がある。だから、これを食事の時に言われるとなんだか必要以上の距離を感じてしまうのだ。ああそうですか、お仕事モードですか、とふてくされてしまう。

きっとこの女だって明るく自然な笑顔で「乾杯!」と言うこともあるのだろう。いや、あるに違いない。しかし、そのとき彼女の向かいにいるのは私じゃない男。女ばかりか男にも好かれる人望も胸板も人一倍厚い商社マンあたりだろう。きっとアメフト部出身。大学からやり直させてほしい。

さて、「お疲れ様」と言われた私はもう心が折れてしまっているんで、会話は当然盛り上がらない。こっそりスマホを確認して、銭湯なんかに行っている友人たちと合流しようとしたりする。女の方もすっかり飽きてしまって、おしぼりを丁寧に丸めてもどしたりしている。そんなことをしたって彼女が無駄にした時間はもどらないというのに。

そうして女は私のもとから去っていく。作られた笑顔と丁寧なおじぎ、そして「お疲れ様でした」という言葉だけを残して。

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