リレーコラムについて

架空の先輩に詰められる

大津裕基

架空の先輩に詰められて困っているという話。

私たちには架空の先輩がいるのだが、まず先に私たちとは誰かを説明する必要があるだろう。会社の同期200余名の中でも群を抜いてパッとしない5人組のことだ。互いの傷をなめ合いすぎて、もう全身ぬるぬるである。さしずめ、ゾンビ。私たちは恥じらいと少しの誇りを持ってこう自称する。

ほかに話をする相手がいないものだから、ゾンビの会話内容からは普遍性が削ぎ落とされていく。ふつうの人がゾンビの会話を聞いても、5割程度しか理解できないだろう。4割はゾンビにしか理解できず、残りの1割はゾンビでも理解できていない。

私がはじめて架空の先輩に出会ったのは、そんなゾンビでの仕事中のことであった。私が企画を披露していると、そのうちひとりが「大津、その企画なんだけどね」と切り出し、私の企画ひとつひとつに懇切丁寧にダメ出しを始めた。親身になって聞いてくれているようで、全部ダメ出し。そしてうまいこと自分の企画にすり替えていくのだった。「ああこういう人いるわ」という先輩を彼は見事に演じ切った。

それ以来、ゾンビで集まると架空の先輩もついてくるという不思議な現象がたびたび起こっている。

架空の先輩とはいえ、やっぱり好きな先輩、嫌いな先輩というのがちゃんといる。私が好きな先輩はジュース先輩。自動販売機の前でよくあらわれる。ゾンビの誰かがふいに一人に向かって「あ、ジュース先輩じゃないすか!」と呼びかける。すると呼ばれたゾンビは仕方なく「ったく、え?なんだよお前らか」とジュース先輩になりきる。ここから近況報告とかを交えながら、しまいには必ず「よし、ジュースおごってやるよ!」となるのである。

本当におごることになるから、もらう側になったときは大変ありがたい。ただしこのジュース先輩、融通のきかないところがあって、絶対ウェルチしか買ってくれない。飲み物の選択権はないのだ。そして当の本人はぐんぐんグルトを買う。先輩どこまででっかくなるんですか、なんて言われて上機嫌になる。

嫌いな先輩も紹介しよう。彼の名はヤナさん。ヤナさんがやってくるのはこんな時。ゾンビでご飯を食べることになったけれど、店も決まらなければ集合時間も決まらない。みんな好き勝手な意見を言うだけで、うだうだ会話がつづく。そのうち一人が「やっぱり行けないかも」なんて言い出した時、ヤナさんはそれを聞き逃さない。急に誰かがヤナさんになって「じゃあもうやめるか!なあ?」と高圧的な態度をとるのである。

意見がぶつかったときに、最も言ってはいけない言葉「じゃあもうやめよう」を言う人。あなたの周りにもきっといるだろう。議論を放棄してしまうのだ、しかも他人に責任を押し付ける形で。やな先輩である。だから、ヤナさん。

先日もゾンビのひとりの結婚が決まり、お祝いムービーをゾンビで作ることになったのだが、意見がなかなかまとまらない。もちろんヤナさんが黙っちゃいない。「じゃあもう作るのやめよう!な!」とか、しまいには「じゃあもう結婚やめるか?な!」なんて言い出す始末。

「そういうことばっかりしてるからお前らゾンビなんだよ」架空の先輩の叱責が聞こえてくる。

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