リレーコラムについて

結局、運がいい。

大久保日向子

極度の花粉症です。

「これから春が来るたび、ひなちゃんのこと思い出すかも」
学生時代、そんな不名誉な言葉をかけられたこともあります。

当時はなぜか、市販の薬に頼るという発想がなく。
春どころか、梅雨や肌寒い季節までくしゃみや鼻水に振り回されていました。

ただそれを除いてしまえば、他はいたって健康。
のんびりのびのびと大人になるはずだったのです。

そんなある日。
大学がお休みで、家で本を読んでいたときのことでした。

「…あれ?」

なんとなく、文字が読みにくい。
天気のせいかと思い、カーテンを閉めて明かりをつけてみました。
それでも、まだ暗いのです。

ふと試しに片目ずつ読んでみて、気がつきました。
…左目の視野が欠けている。

直面したことがないこの事態を、最初私の頭は受け入れようとしませんでした。
気づかなかったフリをして、何事もなかったように
また本を読み進めていました。

当然、本の内容は一切頭に入ってきません。
…いやいや。やっぱり病院に行こう。
やっと冷静になり、支度をしていたときにまた気がつきました。

今日、祝日だ…。

冷や汗が吹き出たそのとき、私の左目は、もう半分しか
景色を映していませんでした。

なんとか迎えた次の日。
お医者さんから告げられたのは、網膜剥離という
なにやら物騒な病名でした。

診断によると、もともと網膜は剥がれかけていて、
今回何かの衝撃で一気に視野に影響するほど進行してしまったとのこと。

何かの衝撃…。
心当たりはばっちりありました。
数日前、バレーの授業でボールが顔面ヒットしていましたから。

「これからすぐ入院してください。
運がよかったですね、たまたま空いている先生がいました。
明日手術しましょう。」

ポカンとしている私に、先生はたたみかけてきました。

「今すぐ治療に当たらないと…失明しないとは言い切れませんよ」

たかだか1単位のため、安易に選択したスポーツの授業。
こんな事態になるとは思ってもみませんでした。

人生初の手術は、想像以上にドラマチックでした。

なんでも指示通りに眼球を動かさないといけないため、
意識がある状態で治療を受けたのです。
もちろん麻酔で痛みこそありませんが、
感覚はあります。

こんな経験、二度とないかもしれない。
いつのまにか、神経を集中させて貪欲にメスの感触を確かめている自分がいました。

手術は無事終わりました。
一息ついて、病院の資料を整理していたときのこと。
ふと手術前の心得をまとめた紙を見つけました。

たしか手術前は絶対安静を命じられていて、読む余裕がなかったんだ。
当時を懐かしむような気持ちで何気なく目を通してみると、
赤字で注意書きが書かれていました。

「くしゃみをするときは、必ず合図をしてください。
目を傷つけてしまう恐れがあり、大変危険です」

あの時くしゃみをしていたら、今の自分はいなかった…
かもしれません。

はじめまして。
TCCの同期で夫(仮)の大久保浩秀さんからバトンを引き継ぎました、
TBWA\HAKUHODOの大久保日向子です。
一週間、どうぞ宜しくお願いいたします。
  

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