リレーコラムについて

イチローやナカタの話じゃないって言ったのに。

阿部祐樹

・・「ワンワン」

その男の甲高い声は確実に部屋の奥にある扉からだ。
紅潮する営業がその扉に近づいて、
泣いてるのか笑ってるのか不明の顔で、台詞を発する。

「あっれ〜〜〜犬の声がここからするな〜〜〜」

意を決したように扉をあける。

・・「ははは。みつかってしもうたな」

すんごい低い声。小柄な男がでてくる。
僕の方をみる。わ。眼光。しぜんと鳥肌。
ぼくは「眼光」というのを体感したのははじめてでした。

「社長!今日は例の企業スローガンをおもちしました!
 これは、うちのコピーライター阿部といいます!」

でっかい営業の声で我に返る。名刺をさしだす。

「「あべ、ゆうき」でええんか。
 ゆうきぃ、おまえコトノハ書いて何年や」

いきなりの「ゆうき」呼ばわり。
ほんの数秒前までの「ワンワン」なんか忘れさせる迫力。
もはや理屈の世界ではありません。
社長はいすに座らず絨毯の上にあぐらをかき
目の前に並べてくれ、と。
僕は僕で一応今回の考え方などを述べようとすると、

「ええから、もってきたもん、全部並べぇ。」

抵抗しても仕方なさそうなので並べる並べる。
8案くらいあったかなぁ。するとやおらに立ち上がって
自分の机に行き、紙と墨と筆を出し、上着を脱ぎ、袖をめくり
ざざざぁ ざざざぁ  ざざざぁ ざざざざと、筆を踊らす。
それをこちらへ持ってくる。僕の案の上にはらりと一枚。

  「ひとがすき」

僕が提案したフレーズとは微塵のカンケイもない、その、
腰が抜けるようなフレーズと殺伐とした書体の間で
呆然としていると、「どや」と一言いって
また自分の机に行き、隅っこのボタン(!)を押す。

「なかはらぁ!いしはらぁ!それに一年目の社員!社長室へ。今すぐや!」

なるほどインターホンがあるのかぁなどと関心していると
コンコン。早いなぁ。すると扉が開き、イシハラさん。直立と言うより
えびぞってる感じで顔はもう血管がちぎれるくらいに紅潮させてる。

「ヒヒハラテスッ!!!ハイリヒャスッ!!!」

それはもう悲鳴に近い「いしはらです。入ります」
もう言うまでもありません。次はナカハラさん。ナカハラさんも、
その気合でメガネのフレームが曲がるんじゃないか。目をぎゅっとつぶって
赤黒くすじだらけの首をさらしながら悲鳴に近い叫び声。
さらに一年目の社員の方5,6人はもっと悲惨。
動物みたいな声をあげて入室してくる。
全員半分上をむいてえびぞって一列になっている。社長はすんごい低い声で

「こんどの我が社のスローガンや。
 おまえら、どれがいい。こっちきて、ちゃんとみぃ」

全員がこちらへくる。ぼくの案の上に一枚の墨文字。
その無造作におかれた一枚のおかげで
ぼくの3案くらいは部分部分隠れてしまって読めない。

「ひとがすきが好きでありますっ!」
「自分もひとがすきがいいと思いますっ!」
「自分もですっ!」「自分もひとがすきという言葉感動しましたっ!」

もうその声も皆さん、えびぞりながら叫ぶ。
ま、もう書かなくていいと思いますが、企業スローガンは
「ひとがすき」というのに決定。その墨文字が書体です。
後日、その会社のビルに「ひとがすき」という垂れ幕がかかっていました。

僕は幸いにも、その仕事が最初で最後でした。

その半年後、前述のうちの営業が過労で入院しました。
さらにその一年後、社長が恐喝で逮捕されました。
数ヶ月後、会社そのものがなくなりました。

コピーライターという仕事はほんとうにいろいろな企業を体験できる。
これも魅力のひとつだと思います。

(おわり)

  • 年  月から   年  月まで