リレーコラムについて

こんにちは~。

横田亜矢子

師匠、
食通だとは、気づいていましたが、そこまでとは。
焼肉が主食の私としては、
あそこの焼き肉が美味しいとか、
気軽に書けなくなったと言うか…。

言うことで、はじめまして。
加藤さんから、バトンを受け取った横田と申します。
宜しくお願い致します。

新人賞をもらった時の年鑑では
所属が営業になっていた事もあり、
いまだに、
「営業でコピー書いていたの?」とかよく聞かれるので、
ちょっとここでご説明を。

電通に入社してからの所属部署の経緯は、

①インタラクティブ・コミュニケーション局 

②クリエイティブ局

③営業

④クリエイティブ局 ←今、ココ!

改めて見ると、コロコロ渡り歩いていますね。あはは。

PCに疎かったのに
理系の大学出身だからなのか、
なぜか、①デジタル系の部署に配属。

その後、
入社1年目の最後に実施されるクリエーティブ試験で
なぜか、受かって②クリエイティブ局に配属。

今だから白状しますが、配属された当時は、
クリエーティブ特有の
「賞」至上主義的な空気が正直、苦手でした。
私の勝手なイメージですが、
「ほら!イイこと書いてるでしょ!」
「カッコいいでしょ!」的な広告を作れよと
言われている感じがしたと言うか。

表現ばかりにこだわって、
本当にクライアントのための広告になっているのかに疑問を感じたと言うか。

クライアントのお金で広告を作るのだから、
その商品の売り上げや効果の結果を
優先するべきではないのか、
デジタル脳に浸食されていたせいか
ROIの視点だけで物事を考えていたのです。

でも、広告賞を受賞している広告って、
表現としてはもちろんですが、
人の心にきちんと届いているものばかりなんですよね。
何、当たり前のこと言ってるの?と言われそうですが、
配属された当初は気づかなかったのです。お恥ずかしい。

で、
話は戻りますが、
新人賞の時は、
(③に異動する直前の)②のクリエイティブで書いたコピーなのです。

そう、バトンをくれた師匠の下で。

当時、私は営業に異動することが決まり、
きっと新規の仕事も入らないだろうし、
ちょっと旅行でもしようかなと呑気に思っていたんです。
でもデスクに目をやると、進行中の仕事の資料が。
気づいたんです。
とっても大切な事に。

「これが、最後のコピーになるかもしれない。」

営業にいったら、もう2度とクリエイティブとしてコピーが書けない。

そう思ったら、居ても立っても居られなかった。
旅行なんて考えがあった自分が恥ずかしかった。

それからは、ひたすらコピーを書いた。
書けば、書くほど、もう何が良いコピーなのか分からなくなった。
もっとコピーの勉強をすれば良かったと後悔した時もあった。
でも、後悔する時間も惜しかった。
書くしかないのだ。
書かなければ、始まらない。
私の終わりが、始まらない。

企画をする。
コピーを書く。
そんな今まで当たり前だと思っていた事は、
実はとっても幸せな事だったのだと、その時、痛感した。

♪ 何でもないような事が 幸せだったと思う
   何でもない夜の事 二度とは戻れない夜~♪

(文体を戻します。)

配属当初では考えられないくらい、企画するのが好きになっていたんです。
異動の直前に気づくなんて。
我ながら、遅すぎです。笑

当時、携帯ナビのコピーを書いていたのですが、
人生にナビがあれば、どんなにいいかと本気で何度も思いました。

そんなこんなで、最後に大量に書き残したコピーが
異動後、1年をかけて、掲出・放送されたため、
受賞した時は営業の所属だったのです。

営業の楽しさや面白さを
割と早めに見つけることができたのも、
やっぱりクリエイティブをやりたいと再確認したのもそんな経験があってこそだと思います。

営業生活にどっぷり慣れてしまい④のクリエイティブの転局試験を受け忘れるのは、
また別のお話ですが…。

※CM撮影現場にてスタンドイン(私)と監督(加藤さん) 

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