リレーコラムについて

米寿

太田祐美子

タイのお土産を渡しに先週末、
祖母のうちに行ってきました。

今年米寿を迎える祖母は、
やはりちょっとずつボケてきていて。
私の名前もあやふやで
「ごめんな、アホで。忘れてもうた」
申し訳なさそうにしていました。
いいのにね。謝らなくても。

たいていのおばあちゃんがそうであるように
うちのおばあちゃんも同じ話を何度も何度もします。
3つぐらいの話をループさせて。
ちょっと前までのお気に入りは、
「『千の風になって』を聞くと涙が出る」話、
「持ち物には全部名前を書く」話、
「相田みつをが好き」話。

最近では、そのレパートリーも少なくなっていて。
でもいつ行っても必ずしてくれる話があります。
それはおじいちゃんの話です。

となりの奥さんは旦那さんの命日を忘れたんやて。
仏壇もほこりだらけやし。
私なんて毎朝おじいちゃんの写真に「おはよう」言うで。
見てみ、あの写真。かっこええやろ。
おじいちゃんは、釣りが好きでね。
釣りにいくたび、色白やから真っ赤に日焼けして。

その皮を剥がすのが楽しかった話。
職場からいつもコッペパンを持って帰ってきてくれた話。
普段は無口なのに酔っ払うとおしゃべりになる話。
眉毛の薄いおばあちゃんの写真にひとつのこらず
ボールペンで眉毛を書き足していた話。
「な、かっこええやろ。」

おじいちゃんは亡くなるまでの17年間、
難病を煩っていました。
その看病は決して楽じゃなかったはずなのに。
おばあちゃんの記憶の中にあるおじいちゃんは
いつまでもかっこいい大好きな旦那さんのようです。

ボケるってもしかしたら
大切なことをちゃんと覚えておくために
いらない記憶を削ぎ落していくことなのかもしれないな。
そんなことをふと思いました。

私がボケたら、
私は何をいちばんに覚えておくんだろうなあ。

帰り際、
「米寿のお祝いたのしみやね。いくつになるの?」
と聞いた私に
「米寿や言うてるやろ」
とけっこうなスピードでつっこむあたりは、
さすが大阪の人。健在でした。

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