リレーコラムについて

俺たちに裏はない・後編

中川英明

(前編の続き)

さあ、やっと
インフラの整備は終わりました。
次はいよいよテレビとビデオの開通式です。

1階のコンセントから延長コードを5本ほど継ぎ足し、
電源を無理やり天井裏に引っ張ってきて、
ボクらはテレビのスイッチを入れました。

ブゥゥン…。ゆっくりと砂嵐が画面に浮かびます。
誰かの口から自然とこぼれる、
「おお…」という深いため息。

地上波のアンテナは、残念ながら
ここまで引っ張ってこれませんでした。
しかし、いいのです。
ボクらが見たい映像は、
決して地上波では流れないのだから。

そして、友だちの1人が、
兄から無断で借りてきたという
1本のビデオテープを
うやうやしく取り出しました。

来た。ついにこの時が。

ボクの胸の奥で、鼓動が一気に高まりました。
きっとみんなも同じ気持ちだったでしょう。

ビデオがデッキに差し込まれ、
再生ボタンが押されました。
パッ。流れ出す映像。
画面いっぱいに見える肌っぽい色。

ボクらは思わず「うぉぉぉー!」と叫びました。
皆、手を広げ、宙に向かって咆哮しています。
今から思えば、『ショーシャンクの空に』の
クライマックスみたいなポーズでした。
それぐらいの純粋感動でした。

しかし、興奮も正直、そこまででした。

不意に画面いっぱいに現われた英語のタイトル。
『Cookin’ Cream』(直訳:クッキー&クリーム)
そして、とてつもなくスポーティーな息づかいと、
グローバルなチーム編成の男女。

「え…?」

そう、友だちの持ってきたビデオは
海外の、いわゆる「裏」と呼ばれる
無修正の映像だったのです。

いくら見たかったと言っても、
中学生にいきなり裏は無謀です。
まだ路上教習にも出れていない人間が、
F1レースに出るようなもの。

テレビ画面の中では、
フルテンションの外国の女優さんが
ところ狭しと暴れまくっています。
その光景を見た時のボクは、
興奮よりも何よりも正直こう思いました。
「こ、怖い!」と

みんなも同じ気持ちだったに違いありません。
「…………」
ただただ呆然と、
目の前の造形を見つめること約5分。

やがて、やっと意識が再起動した誰かが、
おそるおそる口を開きます。
「ま、まあな。こんなもんだよな…」

いったい何がこんなもんなんでしょう。
しかし、それを受けて、誰かが呟きます。
「お、おお…。こんなもんだよな」

震える手で停止ボタンが押され、
テープが出てきました。
天井裏いっぱいに流れる、実に気まずい空気。

取り出されたビデオのラベルには、
カモフラージュのつもりなのか、
どういうわけか
『ブラジル対カメルーン』と書かれてありました。

結局、ボクはその後二度と
そのビデオを見ることはありませんでした。

だけど、今でもサッカーなどで
『カメルーン』という文字を見るたび、
ボクはあの日のことを一瞬だけ思い出します。

そして、アイスクリーム屋さんで
『クッキー&クリーム』というフレーバーを見るたび、
一瞬だけ思うのです。
あの女優さん、いまカメルーンで何してんのかな…と。

(つづく)

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