リレーコラムについて

マルコムX(白)

中川英明

よく見ると、前回の更新が
このリレーコラムの
ちょうど3500回目だったんですね。

このような記念すべき回に
コラムを書かせていただける光栄さと、
その内容がこんなことでいいのか、という
葛藤に少々悩んでおります。

ともあれ、前回までのような
悲惨な男子寮生活は結局、6年続きました。

中学高校の6年間で
生身の女子としゃべった時間を
ギュッと圧縮すると、全部で40分ぐらい。
「こちらでお召し上がりですか?」「いえ、持ち帰りで」
そういう会話も全部入れて、40分ぐらい。

そんな有様でしたから
大学に入っても、まともな社会復帰など
できるはずもありません。
ましてや、いきなり女性と
上手にコミュニケーションできるように
なるはずもありません。

過去を捨て大学デビューしてやろうと
人生で初めてパーマをあててみたり、
講義の時に女子のそばに座ってみたり、
チェック柄のシャツをズボンに入れるのを
やめてみたりしたものの、
やっぱり彼女はできませんでした。

しかし周囲のクラスメートたちを見ると、
手慣れた様子で次々と彼女ができていきます。

ボクは、一日も早く彼女を作らねば、という
キモチばかりが先走り、
女性を前にすると緊張して
もう通常の会話すらできないという
負のスパイラルに陥っていました。

しかし、そんなある日のことです。

大学でできた
友人のKと、電話で話した時のこと。

彼は寮出身でこそないものの、
男子校・第五階層(クルットス)で
6年間の地獄を過ごしてきたツワモノです。

大学入学当初は
そいつもそいつなりに、彼女をつくろうと
必死に努力していましたが、
やはりボク同様にうまくいかず、
失敗と苦い経験をくりかえしていました。

「一体いつになったら
 彼女ができるのかなー。あせるよな」

ボクは電話口で、
もう何百回を言ってきたフレーズを、
また彼に口にしました。

だけど、その日のKは
ちょっと様子がちがっていました。
電話の向こうの声が、急に真剣なものに変わります。

「…なあ、中川。オレはそろそろ
 やめにしようと思ってる」

「え?」

「オレも大学に入ってから、さんざん
 キャラを変えようと思ってがんばってきた。
 でもな、オレたちにはやっぱり無理だ。
 どこまでがんばっても、
 オレたちはしょせん”黒人”なんだよ」

「こ、黒人?」

「そう。男子校で育ってきたオレたちは、いわば黒人。
 そして共学で育ってきたヤツらは、白人。
 黒人がいくら白人にあこがれたところで、
 やっぱり白人にはなれやしないんだ」

まさかの男子校ブラックカルチャー論。
しかし、ボクは正直どきりとしました。
キモチだけは必死な割に、どこまでもちぐはぐな
自分の弱いところを突かれたような気がしたのです。

「黒人には黒人の文化があり、その良さがある。
 オレは自分が黒人であることに誇りを持って生きていく。
 ヘンに白人の真似をするのはやめだ」

「で、でも。お前。それでいいのかよ。
 彼女できねーぞ」

「無理してまで作ろうとは思わん」

「だ、だけど…」

「オレから見れば、黒人のくせに
 肌の色を白くしようとしているお前のほうが
 おかしく見える。
 お前は、まるでマイケル・ジャクソンだ」

「ま、マイケル!?」

「そうだ。俺に言わせれば、
 今のお前は、とんでもなく声が甲高い」

「パァーオ!?」(高音)

そんな会話をすること約30分。
彼は最後に、
「もっと声の低い男になれ」と言って、
電話を切りました。

ボクは受話器を手にしたまま、
打ちのめされました。

男子校の匂いは消さなければいけない、と
思い込んでいた自分。
しかし、そいつは逆に
「より男子校たれ!」と掲げているのです。
なんという過激でアナーキーな思想なのでしょう。
まさに黒人の運動家のようです。
男子校界のマルコムXです。

そこからボクは、
マルコムの思想にすっかり傾倒してしまい、
モテるための努力、女性と話そうとする積極性など、
人生に必要なあらゆるものを捨ててしまいました。

そして、マルコムをはじめとする
男友達とだけつるみ、
ひたすら中学生ノリを先鋭化させていきました。
デートをしてる男女を理由もなく憎み、
バイトで楽しそうにしている男女を
わけもなく軽蔑しました。

そして、迎えた大学2度目の冬。

ボクはまた深夜に、
例によってマルコムXと電話で話していました。
たしか、そのときは
『彼女がいることで発生する人生の損失』という
ありもしない独自の虚数理論を
ぶちまけていた気がします。

それまで一緒になって
キャッキャキャッキャ言っていた彼が、
あの日のように突然おとなしくなりました。

そして、あの日とちがって
実に言いにくそうに口を開きました。

「あ、あのさ…中川」

「何だい、マルコム?」

「えっと…前からどっかで
 言わなきゃと思ってたんだけど」

「どうした水臭いな。遠慮するなんて。
 オレとお前の仲だろ、何でも言えよ」

「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ言うけどお…
 オレぇ…今、○○さんと付き合ってるんだよね」

…………。

…………。

はあ!?

「い、いや、お互い酔っ払ってたっていうか、
 なんか2人で酒飲んでるうちに、そういう流れに…」

○○さんというのは、
当時ボクとマルコムXが所属していた映画サークルの
理工学部の女の子でした。

ボクの「はあ!?」があまりに強すぎたのでしょう。
多分「殺される!」と本能的に思った彼は
電話口の向こうで、
「いや、これにはいろいろあって…!」と
必死の言いわけをはじめています。

しかし、ボクは頭がしびれてしまい、
そこからの言葉はろくに入ってきませんでした。

マルコムXの民族主義を信じて今までついてきたのに、
肝心のマルコムがいつの間にか
すっかり全身脱色して白くなっていたのです。

今まで聞いてきた
彼の過激で極端な演説、
そして彼とともに行ってきた男子校的運動が
走馬灯のようによみがえります。

凍りつくような時間が
どれほど経ったことでしょう。

ボクは小さく震えながら、
最後にやっと、
しぼりだすような声で言いました。

「おい…マルコム」

「いや、もうマイケルでいいよ。パァーオ」

と、彼は甲高い声で言いました。

(つづく)

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