リレーコラムについて

種が飛ぶ

尾形真理子

うちの近所の家が、先月末に空き地になった。
「きっと建て替えでもするのだろう・・・」と、
土埃の立つ茶色い土地を眺めながら、毎日横を歩いていた。
それが今日見たら、一面が緑の海に変わっていた。
「いつの間に???」思わず自分の目を疑ったほど。
わたしにとってはわずか1晩で、変色したように思えたのだ。
まるでカメレオンみたいに。
実際は気づいてなかっただけで、数週間の出来事だったのだろう。
日射しが夏めいてくると、空き地には雑草が生い茂る。虫が増える。
そんなことは、小学生でも知っている。でも、ホントに驚いた。

それにしても、ありとあらゆる草が茂っている。
色も背丈もそれぞれで、花のつくもの、つかぬもの。
一体何種類の草が、その土地を埋め尽くしているのだろう?
やがて刈り取られる運命と知ってか知らずか、
「チャンス!」とばかり、「我先に!」と、その土地に根を張ったのだ。
その生命力はハンパない。見上げた雑草根性である。
雑草の種は、風に吹かれながら、常に空き地を物色しているのだろうか。
誰かがそれをみつけたら、「おーい。こっちに土あるぞー」なんて、
仲間の種を呼び寄せるのだろうか。
風まかせ、鳥まかせの彼らに、そんな芸当はあるのだろうか。

もしくは、コンクリートの上にも、
この空き地に着地した種と同じだけの種が、舞い降りているのだろうか。
そこが土じゃなかったから芽を出さないだけで、
ものすごい数の雑草の種が落ちているのだろうか。
だとしたら、わたしも相当数の種を、吸い込んでいるはずだ。
肺の中で、小さな緑が芽吹いたりするのではないか。
いやいや、そんなことはないだろう。
自転車に乗っていて、目に虫が飛び込んでくることはたまにある。
涙に濡れた虫の亡がらが出てくるのだ。
だけど、目や口に種が入ったことは記憶にない。

空き地の中には、「カラスノエンドウ」があった。
この草は、紅紫色の華奢な花をつける。
茎には巻きひげがついていて、とてもちっちゃい「さや」がある。
そのさやの中の種を、緑のうちに食べると
「エンドウ豆」によく似た味がするのだ。
やがてそのさやに触れると「ぴん」と弾けるようになって、
中から黒くかたくなった種が飛び出してくる。
手のひらに乗せれば、ケシの実ほどの大きさだけど、
空中に飛んでいるのも、道路に落ちているのも、見たことがない。

ホトケノザ、貧乏草、ナズナ、ハキダメギク、ドクダミ、
西播モロコシ、オオイヌノフグリ、メヒシバ、猫じゃらし。
子どもの頃に覚えた雑草の名前は、みんな母に教えてもらった。
一度覚えたら、案外忘れないものだ。
きっと母は、おばあちゃんに教えてもらったのだろう。
草の種類は知っていても、どんな種かはあまり知らない。
見たことがないから、見えないのか。
見えないから、見たことがないのか。
それでも東京の空き地を埋め尽くす、雑草の種の不思議。

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